第七章 「かぐや」爆破事件

「かぐや」をはじめ、ルナシティ宇宙港に停泊する船舶は、ルナシティの、LOPGとは反対側に、つまり「南」向きにハブから長く伸びた宇宙港整備場で整備される。まるで車軸が伸びたような形をしている、無重力空間だ。

 その先端部、NALの船舶が停泊するエリアの中で、『かぐや』が停泊しているエリアはある。

 ビアンカ刑事、アルフォンソ、ルシーア、警察ロボ、私と梓紗、そして胆澤氏がそこに到着したときには、既に多くのNAL社員が慌ただしく行き交っていた。

「警察です。道を空けて」

 私は未だに無重力は苦手だが、梓紗がオッカムを起動させ、無重力の中でもすいすいと進んでいくので、彼女に手を引かれて、苦労することなくビアンカ刑事たちに追随していた。

 慣れない宇宙服がきつい。

(……こんなに事故が立て続けに起こって、ICAMは開催されるんだろうか? 延期になるんだろうか。そうすると呼び戻されるかもしれないな……。そもそも、帰る便があるのか? 『かぐや』で爆発が起こったということは……)

 


 現場は、事故当時無人だったらしい。「らしい」というのは、NALの入退場管理システム上では、誰も入っていなかった、という意味だ。

 無重力の中、我々は「かぐや」のQKDシステム――つまり、コクピットのすぐ後ろにあるサーバルームの残骸を目にしていた。

「……これはひどい……」

 胆澤氏がつぶやく。

「……アルフォンソは引き続き外部からの侵入の可能性の調査。ルシーアは出入りの記録をもう一度調べて」

 ビアンカ刑事はテキパキと指示したが、バイザーから見えるその顔は流石に血の気がない。

「同一犯でしょうね」

 梓紗が言う。我々の宇宙服は通信でつながっている。

「可能性としては。断定はしませんが」

 ビアンカ刑事の周囲では、人型の警官ロボがてきぱきとした動きで事故現場の写真を撮り、遺留品を採集している。

「ドクター・イザワ。人為的な爆発以外に、この場所が爆発する必然性はありますか」

「ないですね。燃料タンクは、機体の後ろの方に搭載されています。コクピット付近が特異的に爆発するのはあり得ない」

「かぐや」は、古典的なロケットエンジンで動いている。地球を出るときには液体燃料エンジンと固体燃料エンジンで地上から打ち上げられ、その運動量を保ったままLOPG=ルナシティに向かう。LOPG=ルナシティの到着、LOPG=ルナシティからの出発には残りの固体燃料を使う。

「固体燃料がこっちに持ち出されたら」

「ありますな、可能性としては。しかし固体燃料です。燃料タンクの中に入り、切り出して使う必要がある。そんな面倒なことをするよりは、外から爆発物を持ってきた方がはやい」

「ルシーア。固体燃料タンクの出入りの記録も調査して」

 ビアンカが指示を飛ばす。

「アイ・マム」

「ドクター・イザワ。あなたの直感としてはどう思います。爆発物はなんです」

 ビアンカ刑事の詰問調の問いに、胆澤氏はつばを飲み込んだ。

「固体燃料タンクから持ち出すのはありえないですが、そう考えるとここが爆発すること自体があり得ない。……それでも起こってしまったのなら、何が起こったのかを考える必要がありますが……」

 そのとき、梓紗が急にバイザーを開いた。

「あぶない、やめなさい」

 ビアンカが注意したが、彼女は笑った。

「何を言ってるの? 大気圧は戻ってるし、酸素濃度も充分よ」

 それからくんくんと匂いを嗅ぐ。

「――なにか変な匂いね」

 胆澤氏もバイザーを開いた。

「これは……アンモニアですな」

「アンモニア?」

「冷却機に使用される気体――いわゆる冷媒ですな」

「アンモニアは爆発性があるわよね? そしてサーバ室にはもしかしてアンモニア使用の冷却機が使用されていたのでは」

 梓紗がたたみかけるように尋ねる。

「……確かに。しかし、冷却機を操るとは……」

 胆澤氏はそこで口をつぐんだ。

「ここの冷却機の操作記録は」

「『かぐや』のQKDサーバに……ありましたね」

「さきほど爆発したNAL事務所のQKDサーバの冷却機の操作記録は」

「それも……吹き飛んだ後です。残念ですが」

 胆澤氏はヘルメットを被り直し、考え込むように腕を組んだ。

「冷却機の操作か……おそらくハッキングね」

 梓紗が顎に手を当てる。右目でビアンカ刑事を問うように見た。

心得顔でビアンカ刑事が頷くと、梓紗はモノクルの端に触れる。青緑の光が、ぼおっと、破壊し尽くされたサーバ室にともった。

「何かがつながりそうなのよね……」

 我々が期待するように彼女を見た。が、彼女は首を振るだけだ。

「NAL社の管理体制についても、問題がありそうですね。もしハッキングだとしても、こうもセキュリティが脆弱ではお話にならない」

 ビアンカ刑事が厳しく指摘すると、胆澤氏はため息をつく。

「それはおっしゃるとおりです。我が社の体制は脆弱です。しかし、ルナシティ当局にも多少責任はあるのですよ?」

「責任?」

 ビアンカ刑事の顔が剣呑になった。

「まず、NALのようなルナシティ理事企業には、セキュリティ対策ガイドラインの遵守を規定していません。特にシステム開発を星見重工、アドアストラ社とともに担う我々には、かなり緩い……。おかげで私は上層部に更なるセキュリティ対策を講じるよう説得するのが非常に困難なのです。当局がなにもガイドラインを示していないのですから。隔離された地域で地球との通信帯域も狭いということを理由になかなか対策したがらない」

「それは……そもそも理事企業の責任ではないですか」

 ビアンカ刑事も負けていない。

「……『アストラン計画』でも理事会は市当局と対立していると聞き及んでいます。それで市当局としては理事会に頭があがらず、あえて緩いガイドラインにしているのではないですか?」

「いやしかし行政当局としてそのあたりはしっかりしていただかないと……」

 胆澤氏はビアンカ刑事の剣幕におされ、しどろもどろになってしまう。

「ちょっと黙って! 今考えてるんだから!」

 梓紗がぴりぴりした雰囲気を纏わせて言う。

「……ビアンカ」

 彼女は未だに怒りを含んだ表情のまま、ビアンカ刑事をじろりとにらむように見る。

「一人、事情を聞きたい人がいるわ」

「誰です?」

「この船の船長さんよ。事件のときから、司畑さんと話をしていた人でもあるわ……」

宇宙旅客船「かぐや」船長は、確かに、司畑氏の捜査の際にも、しばしばと彼と連絡を取っていた場面があった。その内容は明らかではないが。

船長として何を知っていたのか。司畑氏が知り得なかった情報も知っているかもしれない。梓紗はそう指摘し、ビアンカ刑事もそれに納得した。

 梓紗はやっと満足そうに我々――ビアンカ刑事、私らを見渡し、次の瞬間、モノクルが青緑色にぱっと光った。

「……でも、あれこれ考える前にまず一番の容疑者である端羽さんを調べる必要があるわね。すぐにね。大生さんの事件を調べようとしていた司畑さんの爆死事件も含め、OKDサーバ爆破事件が大生さんから続く連続殺人である蓋然性は高い。だとしたら、彼こそが、この一連の爆発の犯人でもあるんだから」

 ビアンカ刑事が頷こうとした、まさにそのとき。

 彼女の携帯端末がけたたましく鳴り響く。

「はい。こちらビアンカ。――え? 何? 何ですって!」

 彼女は端末の通話を切る。

「……たった今、ルナシティ警察本部から電話があったわ。拘留中のミスター・タンバが死んだそうよ。状況から見て、自殺と考えられると」

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