第三章 捜査

タイトル:Re:成功

忌むべき出来事だが、運動の必要な犠牲と捉えよう。協力者として、我々は君の努力を多とする。

――ラディタ・ルーナ


「指紋は――大生氏のもの以外はないですね」

 司畑氏は慣れた手つきで指紋を採り、照合していた。大生氏の遺体を発見したときも、死亡時刻や遺体の状況などをてきぱきと調べ、それから冷凍カプセルに入れていた。他人事のように消極的だったのが嘘のようだ。

(いや、捜査の大変さが分かっているから、現場保存だけで済ませたかったのか……)

 今のところ、梓紗のモノクルは青緑色に鈍く発光しているだけで、彼女自身は何も発言していない。だが、このような発光があるとき、我々人間は頼もしさと、わずかな気味悪さをいつも感じる。頼もしさとは、言うまでもなくほぼ一〇〇パーセント、迅速で正確な判断が下されると知っているからだ。気味悪さとは、それが人間の判断にまで介入してくる違和感と、ほんのわずかな間違いが起こったときの可能性にある。

「御央見さんは手袋を普段からしているから、あまり参考にはならないですが……」

 大生氏は梓紗の手をチラリと見て、言う。梓紗は不愉快さを隠そうともしないが、ここで何か言っても無駄だと思っているのか、黙っている。

 我々は、司畑氏とともに、展望室、ロッカー室、洗面室の痕跡を調べた。

 結果、指紋は大生氏のものだけが洗面室、ロッカー室、展望室の入り口、そして展望室からの外部ハッチに付いていた。

 少なくとも大生氏は、ロッカー室と洗面室と展望室の三室に出入りしていたことになる。また、外部ハッチに関しても、開けようとしたのか閉めようとしたのかは不明だが、確実に触れている。

 司畑氏は梓紗を試すように見る。

「自殺か、手袋を持った者の他殺か、それぐらいしか分かりませんね。このデータは警察に提供しますが、現時点で何か分かることがありますか?」

「そうね……」

 梓紗のモノクルがいっそう強く光った気がした。

「まず、大生氏がどこで亡くなったのかは分からない」

「……何ですって」

「いったん外部ハッチが開いたのは確か。だとしたら、そこから逃げるのが自然でしょう。ロッカー室、あるいは更に洗面室まで逃げたかもしれない。我々に分かるのは、客室に来なかったということだけ。その後は、犯人が展望室に戻せばいい」

「そうだとしても、全てに通じるロッカー室に入ったのはあなただけ、という状態は変わりませんが」

 司畑氏は淡々と言う。

「もう一つ。真空に暴露する装置はほんとうに外部ハッチだけかしら? 例えば、洗面室のトイレはどうやって流しているのかしら? かつ、それは外部から遠隔操作不可能なものかしら?」

「トイレは、確かに真空を使いますが、操作は、かなり困難なはずです。展望室の外部ハッチも同じです。ただの乗客には不可能でしょう」

「とすると、容疑者が増えるわね。私はただの乗客だから直接開かなければいけないけれど、『かぐや』の操作系を把握しているNALの誰かは犯人になりえる」

「我々がお客様を殺害すると……?」

 梓紗は肩をすくめた。

「さあて。それは分からないわね。でも大井さんも宇宙業界の関係者よね。何らかの遺恨があってもおかしくはないのでは」

 梓紗は更に言葉を続ける。

「それに、端羽さんも宇宙機を作る会社の社長よ。一般の乗客ではあるけれど、こういう機器類の遠隔操作のノウハウは持っているのでは?」

 司畑氏の眼光が鋭くなった。

「――それでしたら、あなたも容疑者になり得ますよ。今動かしているそのAI――それを使えばハッキングもできるのでは。ノウハウの問題だけなら、あなたは非常に高度な技術を持つ人間と同じといえる」

 梓紗は黙り込んだ。

「……このAIは、客席では少なくとも稼働させていないわ。この城井さんが証人よ」

「確かに、見ていません」

 私は言い添えた。

「――としても、ロッカー室に入ってからなら操作は可能でしょう。QKDIDを調べてみます。そうすれば明らかになるでしょうから。その前に関係者の尋問を行います」

 


「大生さんとは、アステリ社を立ち上げたときからですから、一〇年以上の付き合いですね。アステリ社の前身――アストロセキュリティが資金調達に苦慮していたときに、手当たり次第に応募していたビジネスコンテストで優勝しましてね。優勝した社には、コンテスト主催の『オーロラキャピタル』からの投資や財務コンサルなどの優待が受けられるんですが、それで入ってきてくれたのが大生さんでね」

 流石にCEOというべきか。端羽氏は大生氏死亡の衝撃から回復したのか、平静さを保って事情聴取を受けていた。私と梓紗が同席することの許可を司畑氏が求めたときも、

「ああ、まあいいでしょう。我々は互いに容疑者ということですからね。お互いの情報は知っておくのがフェアだ。その代わりお二人の尋問も聞かせてもらいますよ」

 とだけ答え、わずかに如才ない笑みを浮かべることさえした。

「オーロラ社はフェアな会社と言えるでしょうね。だめなところははっきりだめと言われましたが、うちの技術をよく理解し、宇宙一辺倒だった我々にいろいろな事業を試すよう助言してくれた。同時に、アストロセキュリティという名前は宇宙ビジネス系だと思われるからやめろ、とも言ってくれましたがね」

 やや皮肉っぽく口の端を曲げる。それだけ思い入れがあったのだろう。現在の端羽氏は三〇代だから、当時は二〇代ということだ。自分が考えた名前を変えさせられるのは癪だろう。私も論文のタイトルを変えさせられたときにはかなりいらだったものだ。

「――が、アステリ・アスフェライアスという社名は気に入った。ギリシャ語でほぼ同じ意味なんですが、宇宙ビジネス系だという印象は弱まるし、韻も踏んでいる。流石に経験のある投資会社だと思いました。我々はエッジAIセキュリティが専門で、特に通信環境の悪い宇宙でこそ役立つ技術だと確信していたんですが――」

 エッジAIというのは、クラウドに接続していない、あるいは接続が安定していない環境でのAIということだ。一般にAIは膨大な演算資源を持つクラウドサーバに接続されていてこそその性能を発揮できるが、通信環境の不備などで、その前提が整えられない場合も多い。

「例えば自動運転車も、実はエッジAIとして膨大なマーケットがあると教えられた。特にそのセキュリティにはね」

 端羽氏は当時を思い出すように、視線をDコンパートメントの天井に向ける。

「セキュリティとは具体的には?」

 司畑氏は淡々と聞いているようで、その声には緊張感がある。

「例えば、通信を経ずに安全性を維持する技術、それを担保するための、事故を起こした自動運転車のAIの解析技術なんかですね。人間に比べれば事故率は非常に低いが皆無ではない。そして事故で損傷したとき、通信環境が整備されておらず事故報告が十全でない場合もあるんですよ。そういうとき、エッジAIの解析技術が必要になる。それを元にして、より安全なエッジAIができあがるわけですね」

 セキュア――というのは、ハッキングに強いということではなく、安全に稼働することも含むようだ。寧ろそちらがアステリ社のビジネスの本丸なのかもしれない。

「ひどい事故が起って自動車が爆発炎上、車載システムが全て破壊された場合もありましてね。その事故では、自動運転車は一見誤動作を起こして乗客に大けがを負わせたように見えたんですが、実は歩行者を護ろうとしていた、ということが分かったこともありました。事故の直前に通信が切れてしまって、その状況が共有されず、我々の技術がなければ真実が明らかにならなかったはずなんですよね。あれは素晴らしい仕事をしたと今でも思います」

 それからため息をついた。

「今までもオフレコですが、ここからは厳重にオフレコです。協力者のお二人もお願いしますよ」

 そう前置きする。我々三人は一様に頷く。

「徹底いたします」

 代表して、司畑氏が言う。

「……あれから一〇年ですか。念願の宇宙ビジネスにも進出し、そろそろ上場だと思ったんですが、大生氏との関係が若干おかしくなったのは最近です。出身企業、『オーロラ』社の中で何かあったのかも知れませんが、増資をしきりに言ってきたんですよね。今更不要というのがアステリ社マネジメント層の意見ではあるのですが。一部の役員は増資に同意する気配があり、なんとか増資なしで話をつけられないかと悩んでいたところでした。話をつける相手がいなくなったのは痛手です」

「それと、今回の大生氏の事件には何か関係が」

 淡々と受け答えをしていた端羽氏は、その司畑氏の質問に鼻白んだ。

「――私が殺したとでも?馬鹿な。彼はオーロラ社の意向の代弁者です。その中で我々の事情をよく分かっているパイプ役だった。オーロラ社と直接やりとりしなければならないんだから、彼が亡くなった方が痛手に決まってますよ」

「失礼しました。――このご旅行の目的は」

 司畑氏は素早く次の質問に切り替えた。

「このご旅行はどういう目的で」

「営業ですよ。――くれぐれもオフレコで頼みますよ?『アストラン計画』のことはご存じでしょう。それに絡んで、ルナシティで近々大規模な入札があるんです。星見重工やアドアストラのようなルナシティの理事企業に加えて、我々にもPFP(提案依頼書)を出してもらおうと思いましてね。我々の技術は大手と遜色がない。実績だけが足りないんですよ。だから大生さんにも同行してもらった。いわばプレゼンテーションであり、デモンストレーションをするつもりです。我々の技術が星見などに負けない、むしろ勝っているということのね」

「なるほど。よく分かりました」

「事故発生当時は、何をしていましたか?」

「――コードを打ってましたよ。私もまだまだ現役です。アステリ社のプロダクトの根幹は私が作っている。そろそろ、別の者に任せたいところですが、良い人材はなかなかつかまらない」

「そのことは誰が証言できます?」

「城井さんならずっと見ていたはずだ? 違いますか?」

 私は頷いた。

「確かに、梓紗が出て行ったときも、戻ってきたときも、彼はずっとそこにいました」

 私はわずかに緊張しつつ、そう答えた。

 


 次は梓紗が尋問を受ける番だった。

「――御央見梓紗。二二歳。但し、実年齢は一七歳ね。五年ほど冷凍カプセルで過ごしていたから、その間は年齢を重ねていない」

 彼女は淡々と答えていたが、その声にはまだわずかに震えが残る。事件の衝撃がまだ残っているのだろう。

「自動車事故で大けがをしたのが一五歳の時。神経系がかなりやられてしまって、右目以外は動かせる状態じゃなかった。当時の技術では治療困難ということで、将来の技術の進展に賭けて冷凍睡眠処置が取られたわけ」

「その事故というのは?」

 司畑氏は緊張感を持って尋ねる。

「凍結した道路での事故でね。自動運転車が関わっていた。先ほど端羽さんが言ったような、不条理な動作をしていたように見えて、実は歩行者を護っていた、という事例だった。それも、爆発炎上していたから、普通は分からなかったんだけどね。検察は自動車会社の幹部を有罪にしようとしていたけれど、実は自動運転車のAIは正しい判断をしたということが分かり、無罪を獲得したそうよ。……私も、事故は残念だけど、自動運転車のAIは恨んでいない。結局のところ、五年間でいい技術が完成したわけだし」

 梓紗はポジティブな言葉を紡いでいく。もともとの性格もあるだろうが、事故に遭い、努めてそうするべく自分を鼓舞しているのかもしれない。

「この旅行の目的は」

 司畑氏の質問は定型通りに進んでいく。

「……ICAMという展示会に参加するためよ。研究発表ではなくて、この私のシステムのデモンストレーションね」

「よく分かりました。事故発生当時、あなたは何をしていましたか?」

「……洗面室よ」

「洗面室で何を」

 梓紗はちらりと端羽氏を見た。司畑氏もじろりとにらむ様に見る。

「……人型ロボットで尋問します。結果はNAL社と警察には共有されます。結果の要約は――端羽氏にも共有しますが」

「要約だけね。柚希は……いて、いい」

 端羽氏と司畑氏がロッカー室に退室したところで、人型のロボットが尋問を続けた。

「洗面室では何をしていましたか、マスター?」

 ロボットは人間をマスターと呼ぶ。そういう取り決めになっているのだが、直に呼びかけられたことがあまりなく、珍しい経験だった。

「――内臓の筋肉がうまく動かなくてね。オッカムを調整して、トイレをすませていた。それで時間がかかったの」

 視線を床にそらしながら、ためらいがちに、梓紗は小さく言った。

「具体的には?」

 平板な口調でロボットが問い返す。梓紗は無重力下でベルトを外して立ち上がり、ロボットの両肩に手を置いた。怒気をはらんだ口調でたたきつけるように怒鳴る。

「あああああ! もう! 尿が出ないから骨盤底筋の刺激を調整してたのよ! 分かった! それで一〇分ほどかかった!」

「――失礼いたしました。その後どうされましたか」

 相手がおこっている、ということは推論できるらしい。何をいったらおこらせるのかは分からないようだが。

「……ロッカー室に戻って、それからふと、展望室を見てみたくなったのよ。スクリーン越しじゃなくて、直接の星空をね」

「それで、大生氏を発見されたと」

「そうよ……。司畑さんに来てもらって。もう彼に話しても大丈夫なことだから」



「では、改めて、私から質問をさせていただきます」

 ロッカー室に戻ってきた司畑氏は淡々としたまま、質問を続ける。

「大生さんを見つけたとき、彼はどんな状態でしたか?」

「あなたも見たでしょう。凍てついていて、携帯端末を握っていた。ハッチは完全に閉まっていたわ。力を振り絞ってハッチを閉めたのはわかるけど、携帯端末は不思議ね。どこかに通報、あるいは助けを求めようとしたのかしら」

「……当該時間の通話記録では、どこにもかけていないようです」

「次の質問です。大井さんとはどのような関係でしたか?」

「無関係よ。たまたま同じコンパートメントの乗客だったというだけ。アステリ社の技術は、私にはなんだかなじみのあるもののように思えたけどね。昔、事故に遭ったとき、自動運転車の解析をしたときの技術が、彼等と同じようなものだったから。もしかしたら彼等の技術が使われたのかもしれない。そういうプライバシー情報はお互いに知らないものだから、分からないけどね」

「ありがとうございます」



 次は私の番だった。

「ご旅行の目的は」

「ICAMです」

「事故当時は」

「コンパートメントにいました」

「大井さんとの関係は」

「――初対面です。感じの良い人だとは思いましたが、それ以上のことは分かりません。数分話しただけです」

 尋問は簡単に終了した。



 尋問後、私と梓紗は二人だけで展望室にいた。

 事故現場である展望室には、人型のロボットが残されていた。青緑色のランプが点灯しており、稼働中であることを示している。

「どう思う?」

 梓紗が聞いてきた。

「――録画されてますよ。おそらく録音も」

 私は軽く注意を促す。

 梓紗はふわりと肩までの髪をかき上げた。

「犯人じゃないんだから、秘密にすることは何もないわ。聞きたければ聞けばいい。ねえ、どう思う?」

「あの外部ハッチ、遠隔操作も可能と司畑さんは言ってましたね。とすれば、これがもし殺人事件だとしても、あそこは密室では全くないし、犯人も全く特定できないことになります」

「それは違うわ」

 梓紗は明確に否定する。

「ああいうハッキングは、今やかなり難しいのよ。ばれずにやるのはね。QKDIDって言ってたでしょ」

「ああ……」

 私の専門は医療とAIだ。AIに関して一通り学んでいるので、その周辺分野としての通信やコンピュータに関しても一応の知識がある。

「QKDID。量子鍵配送IDでしたね」

「そう。といっても何も難しいことはない。システムアカウントのIDが一ビットの量子鍵で定義されていて、システムを操作するときには必ずそれを使う必要があるということ。他人のIDを読み取ろうとしても、そのときの干渉によってIDは必ず変わってしまうから、自分のIDで操作しないといけない。そのIDは記録に残される。自分が触ったという記録が確実に残っているのに、わざわざハックしようという馬鹿はいない。トイレの真空装置と外部ハッチの捜査記録のQKDIDを調べればそれでジ・エンドよ。真空装置はそれだけだったんだから」

 青緑色の点灯は、今の梓紗の左目には点灯していない。つまりAIではなく梓紗自身の知識ということだ。

「開発者になるべく勉強中、というのは伊達ではないんですね」

 つい軽口っぽく言ってしまう。失礼かと思って梓紗を見たら、逆にうれしそうな顔をしていた。

「そうよ」

 私にぐい、と近づいてくる。

「それで? 城井柚希さん。ようやく、他人行儀な態度を変えてくれる気になった訳ね?」

「すみません」

「謝らないで。うれしいんだから。ついでに口調もくだけたものにしてくれるとうれしいかな?」

「……分かった。努力する」

 私はつぶやいた。

 相手は五歳も年下のはずだが、なぜか私の方が緊張していた。

「……よろしい。じゃあ柚希って呼ぶわ? いいわよね?」

「うん、まあいいけど」

 私の口調はぎこちない。逆に梓紗の方はますます私に近寄ってきた。

「まあね。私もこのAI――『オッカム』って名前なんだけど、これがなかったらあそこまで頭の回転は速くないわ。ただ、これは半分私でもあるのよね。今は緊急時だけ使っているけど、リハビリの時はずっと使っていたわ。だんだん、このAIがなくてもうまくやっていけるように訓練している感じ」

「具体的にどういう機能を持っているの? 推理能力には感心したけど……」

 私が話を振ると、梓紗は更に饒舌になった。

 曰く。

 梓紗に搭載されているAI「オッカム」は、まさに推理能力に優れたAIらしい。

 一昔前に性能が飛躍的に向上したAIは、大量のデータを学習することでその能力を高めていた。データに頼ることには良い面もあれば悪い面もある。良い面は、大量のデータさえあれば簡単に結論を得られることで、悪い面は、その簡単に得られた結論が間違っている可能性に自分で気づかないことだ。

 例えば、たくさんの推理小説のデータを持っているAIは、密室殺人のトリックを解こうとして、統計的に一番多い「ピアノ線のトリック」が使われた、と答えてしまう。その場でいかにピアノ線のトリックが不自然であっても、その矛盾に気づかない。データを増強していけば統計の精度は上がるが、本質的なこの課題は残り続ける。

 AI「オッカム」は、この矛盾を見つける内省的なシステムを持っている。現状で得られた証拠から導かれる最もシンプルなストーリーを最短で求めることができる。

 もちろん、「オッカム」が作られた理由は推理ではない。一五歳の時、事故に遭った梓紗の脳の運動システムはかなり破壊されており、最短でこれを構築するには、「オッカム」のような学習システムが必要だった。状況を「推理」し、最短で最適な動作を見いだす「オッカム」のシステムが。そして「オッカム」は、自分が学習した結果を梓紗の脳のニューラルネットワークに刻み込むことで、徐々に梓紗の脳自身の能力を高めてくれている。

「……事故?」

 話がそこに及んだとき、梓紗の口調はややひるんだ。

「……そう。一五歳の時ね。交通事故だった。自動運転が普及した今や、なかなか珍しい事例と言えるわね」

 梓紗は努めて冷静に話をしようとしていたようだが、声はかなりうわずっていた。

 私は梓紗の肩に手を置く。

「別に話さなくてもいいよ。こういうのはね、ゆっくりやればいいんだよ」

「うん……そうだね」

 梓紗は小さく言う。

 私が初めて聞いた、作っていない彼女の声のように感じた。

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