第6話
俺とインドネシア人は唖然としながら茶髪頭を見た。
「グダグダと訳のわからねえ事を言ってんじゃねーよ!今まで待っても来なかった救援が、今日明日来るなんて誰にわかるんだよ!俺達に助けなんて来ねーよ!あれを食わなきゃ俺達は死ぬんだよ!それでも行儀良く助けを待って飢え死にしろってのか?ふざけんじゃねーよ!食うぞ!俺は食うぞ!」
「ま、待て!」
茶髪頭は男が呼び止めるのを無視して厨房に入った。
俺は雷に打たれた様な気分だった。こいつは馬鹿だが、それ故に真実から目を逸らさなかった。この瞬間に茶髪頭への嫌悪感は消し飛んだ。
そうだ、俺達に助けなんて来ない。思えば安月給に嫌気が差した俺が散々迷いながら投資を始めた時も、そしてそれが失敗して多額の借金を背負った時も、誰も助けてなどくれなかった。自分で何とかしなければならなかった。
今だってそうだ。確かに救援の船や飛行機は出動しているに違いないが、それが間に合うとは思えない。衰弱して寝たきりの者達は本当に死にかけている。俺の船の船長は今日一杯保たないだろう。今、俺達自身がこの窮地を何とかしなければならないのだ。俺達には選択肢などないのだ。
俺は身を翻すと茶髪頭の後に続いて厨房に踏み入り、群衆に加わった。最後に一瞥した男の顔には絶望が刻まれていた。
「オイシイヨ。オイシイヨ」
その言葉をオウムの様に繰り返す知り合いから触手の細切れが盛られた皿を受け取り、手掴みで肉片を口にする。
旨い!
今まで食ってきた、どんな肉よりも美味だ。決して飢えのせいではない。例えようもない芳醇な風味が口の中に広がっていく。これ程極上の味覚ならば、どんなグルメをも魅了するに決まっている。
俺は他の奴らと同様に、取り憑かれたかの如く触手片を片っ端から食っていく。やがてその場の触手を全て食い尽くすと、誰ともなく言った。
「まだだ!まだ足りない!」
「大丈夫だ!船の外には山程残っている!」
「そうだ!もっと取りに行こう!他の奴らにも分けてやるんだ!」
それからの展開は早かった。
厨房を出た俺達は刃物と入れ物を手にし、冷凍運搬船が持つ全ての救命ボートを繰り出して触手島に向かった。手当たり次第に触手を切り取り、冷凍運搬船の厨房に運んで火で炙る。出来上がった触手の丸焼きを自分でも頬張りながら、倒れている船員達にも食わせてやる。立ち上がる力を取り戻したそいつらも加わって再度触手の塊を切り取っていく。それを繰り返して冷凍運搬船の全員が息を吹き返すと、今度は他の漁船にも触手を食わせていった。程なくして船団の全員は一命を取り留めた。俺の船長も助かった。
俺達が皆を救っている一方で、冷凍運搬船の船員達は、厨房から逃げ出して自分の部屋に立てこもる口髭船長と船医を追い詰めていた。
鍵のかかった扉を叩き壊した船員達は口髭船長と船医を取り囲み、押さえ付けた。部屋には点滴の瓶が幾つも隠してあり、それを見て怒り狂った男達は口髭と白衣のジジイを殴る蹴るして動かなくした後、彼らの口に無理矢理触手を押し込んだ。始め2人は微かに抵抗したが、触手の味を知ると目の色を変えて貪ったと言う。
船団の皆が体力を回復すると、俺達は船の修理と同時に触手島の解体に取りかかった。
今や頭の中の靄は完全に消え去り、誰もが活力に満ち溢れていた。強雨に曝され雷鳴が閃く中でも俺達は精力的に働き、ノコギリやナイフを使って触手を大胆にばらしていく。最早ボートでちまちま運ぶなんて事はしなかった。数メートル毎に切断した触手を冷凍運搬船のクレーンに引っかけて、その甲板に積み上げる。船上では別の仲間達が触手を更に分割して表面の吸盤を削り落とした。それらは船の冷凍庫に続々と納められていく。
触手島で解体作業をする俺は、一隻の救命ボートが船団から離れていくのを目撃した。例のインドネシア人が一人で乗っている。奴は大量の燃料をボートに積み込んで脱出したのだ。
だが、今更そんな事はどうでも良かった。誰かが言った通り、この悪天候の荒海をあんな小舟で渡れる訳がない。行ける所まで行けばいい。俺は作業を続けた。
嵐の海で、俺達は不眠不休で動き回った。
そして夜が開ける頃には触手島は完全に解体されて冷凍運搬船に収納された。船団の全ての修理も完了した。気が付けば嵐は去り、暖かな陽射しと穏やかな海が戻って来た。救援は来なかった。
やがて機関部が好調な唸りを上げ、船団は力強く前進を開始した。
どの船も大漁旗を掲げていた。そうだ、大漁だ!これ程のお宝を満載しているのだから!
船首に立つ俺と茶髪頭は共に笑い声を上げた。
目指すは本土だ。国に帰ったら、俺達が運んだ触手を他の者達にも食わせてやる。船団幹部の知り合いには、星付きレストランのオーナーシェフが多い。まずはそいつらの店に紹介しよう。常に新しい味覚を求めている奴らは、絶対に飛び付く。それらの店を通して上流階級の連中に触手を食わせてやるのだ。
俺の頭の中では新しいビジネスのアイディアが次々と湧いていた。自ら会社を興して、この触手を売り捌いてやる。日本のみならず、世界中に向けて売りまくってやるのだ。そして、この触手の虜にしてやる。
この世界でふんぞり返る、全ての権力者や金持ち、お高くとまったセレブどもに、このウマい触手を食わせてやルルルルイイイエイエイエイアイアイアアアア!
触手工船 @me262
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