第66話

部屋を出て鍵をかけて、階段へ向かって足を踏み出した瞬間。




まるでデジャヴュの様に、隣の部屋のドアが開いた。




そして中から出て来るのは、パーカーにジーパンとゆーラフな格好の壱星クンで。




今日は長めの髪を下ろしてて、気怠げに前髪をかき上げた瞬間、バチッと目が合った。




その整い過ぎた顔を見るだけで昨日のキスを嫌でも思い出してしまったあたしは、パッと目を逸らして彼の前を素通りしようと足を動かした。




それなのに。




パシッと腕を捕まれて、先へと進ませてくれない彼をキッと睨みつけるあたし。




『まだ何か言いたい事があるの?』




と、キツイ口調で問い掛ける。




そんなあたしを壱星クンは真っ直ぐ見据えたまま、




『昨日は、悪かった』




と、小さく呟いた。




そしてあたしは、その真っ直ぐな切れ長の瞳に再び体の自由を奪われた様な感覚を覚えて。




例えて言うなら、百獣の王ライオンがケガをして、大きな体を震わせながら助けを求めてる様な。




そんな瞳だった。




あたしが彼の瞳に目を奪われて動く事も声を出す事も出来ずにいると、彼は掴んでいたあたしの腕をゆっくりと解放して。




部屋の鍵をかけて、それ以上言葉を発する事なく、あたしの横を通り過ぎて行った。




あたしはゆっくりと彼に視線を移す。




視線の先には、ジーパンのポケットに手を突っ込んで気怠げに階段を降りて行く、広い背中が。




その背中が、何故か悲しそうに見えたあたしは、少しの間そこから動けなかった。

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