第64話

前に由香里に言われた事がある。




『どんな紳士な人でも、好きな子とエッチしたいって思うのは男の本能だよ。俊一さんはひよりを大事にしたいから、一生懸命ガマンしてるんじゃないかな』




と。




もし俊ちゃんが本当にガマンしてるんだとしたら、俊ちゃんとのキスより激しいキスを他の人としてしまった事実に、罪悪感で押し潰されそうになる。




『無理矢理された』と言ってしまえば『災難だったね』で片付くのかも知れない。




でも、死ぬ気で抵抗しようと思えば出来た。




大声出そうと思えば出せた。




それをしなかったあたしにも非はある訳で。




被害者にも非はある。




『人』対『人』の物事の良し悪しに10:0はない。




これは、法律の仕事をしているパパがよく口にする言葉。




確かにその通りだと、こんな状況になって初めて思い知らされてしまった。









1人沈んでいると、チロリンとスマホが鳴った。




LINEトークを開けば、送信者は俊ちゃんで。




ディスプレイに表示された名前を見ただけで、胸がズクンッと疼いてしまう。




『おはよう!今日は予定通り10時に駅で待ってるね。気をつけて来るんだよ』




そう綴られた文字を目にした瞬間、涙が溢れた。




何に対する涙かは、自分でも良く分からない。




ただ、大好きな俊ちゃんを裏切ってしまった様な気がしてならなくて、胸が痛かった。

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