第56話

ひよりが声を発するより先に、俺の頭が考えるより先に、体が勝手に動いていた。




『コイツ、俺の連れだから。他あたってくんねぇ?』




男がひよりに向かって伸ばしかけていた腕を掴んで低く唸れば、そいつらは焦った様な顔でスゴスゴと立ち去った。




男達の背中を睨みつけていた俺に、ひよりが言う。




『ありがとう』




と、安堵した笑顔で。




『………1日に何回ナンパされりゃ気が済むんだよ』




無性に腹が立っている俺は、心にもない事を吐き出してて。




俺の言葉に、ひよりがムッとした顔を見せる。




『別に好きでナンパされてるわけじゃないし。大体、ナンパするような軽い男なんて嫌いだもん』




そう吐き捨てて部屋に戻ろうとするひより。




俺はその小さな背中を見据えた。




『大好き』な男に愛の言葉を紡いだひより。




ナンパ野郎に声かけられてたひより。




『軽い男なんて嫌い』と文句を吐き捨てたひより。




そして、今ここで、そんな『軽い男』と同じカテゴリーに属する俺達とカラオケや飲みを楽しんでるひより。




俺は、心の底からフツフツと沸き上がる黒い感情に支配されつつあった。




そして気付いた時には少し先を歩いていたひよりを追い掛けて、その細くて柔らかい腕を掴んで、近くにあった空き部屋に勢いよく押し込んだ。




突然の事に驚きをあらわにするひより。




そのひよりを壁際に追い詰めて、自身の両腕を壁について逃げられないように包囲する。

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