第63話 景品

「チョコバナナって初めて食べますけど美味しいですね。こんなに甘くてチョコたっぷりだとカロリーが怖いですけど」


 軽く食べ歩きをしてから、食後のデザートとしてチョコバナナをむしゃむしゃと食べていた月凪が口にする。

 カロリーが怖いと言いながらも食べるのは止まらないあたり、月凪もスイーツ好きだよなあ。

 甘いものは別腹と言うけど、それはお祭りでも適応されるらしい。


「お祭りの甘い物ってかなり甘いからな。その中だとチョコバナナはまだカロリー的にも食べやすさ的にもいいんじゃないか? りんご飴は水あめの塊だし、わたあめに至っては普通に砂糖だから」

「そう思ってチョコバナナにしたんですよね。りんご飴って結構大きいので食べ切れるか不安でしたし、わたあめはすぐ食べ切らないと溶けてしまうので。その点、チョコバナナは丁度いいといいますか」


 そう言いつつチョコバナナを食べ切って、ゴミは近くのゴミ箱へ。

 早くも溢れかえりそうになっているゴミ箱を見ていると、かなりの人が着ているんだなと実感する。


「もうお腹いっぱいですね。食べようと思えば少しくらいは入りそうですけど、浴衣を着たままだと不格好になってしまいそうです」


 浴衣の上からお腹を撫でる月凪だが、俺の目からは来た時と同じなだらかさにしか見えない。

 でも、帯の締め付けとかで本人は苦しかったりするのだろうか。


「それがいい。食べ足りないなら帰りになにか買えばいいし」

「そうしましょう。そろそろお祭りらしいことで遊んでみたいです」

「遊べそうな屋台は射的、ヨーヨー釣り、金魚すくい、型抜きくらいだったかな。探せば他にもありそうだけど、大体こんな感じだと思う」

「結構種類があるんですね。物は経験ってことで、時間が許す限りは一つずつ順にやっていきましょうか」


 初めの遊び場に選ばれたのは一番近かった射的。

 屋台は主に年下の子どもで賑わっているが、中には同じくらいの人もいるから浮いたりはしていないだろう。


 まあ、別の理由で凄い見られてる気はするけど。


 髪とか瞳の色でハーフっぽいなとわかる月凪が浴衣を着ているのは、注目を集める理由としてはじゅうぶんだ。

 しかもめちゃくちゃ似合ってるし。

 誰に聞いても美人か美少女と答えるような月凪が俺みたいな厳つい顔の隣にいるんだから、つい見たくもなるか。


「射的はおもちゃの銃で景品を落としたら、それが貰えるんでしたよね」

「大体それで合ってる。いい景品ほど落としにくいように配置されてるから、どれを狙うのかちゃんと決めておいた方がいい」

「なるほど……ちなみに珀琥って上手いんですか?」

「上手いとは自信を持って言えないけど、昔は淡翠に頼まれて何回かやってたな。小さめの景品だったらそこそこ取れる。大きいのは運しだいってところだ」


 景品を取ってやると淡翠は喜んでたなあ。

 懐かしい話だ。

 淡翠も変なことに巻き込まれず楽しんでいるといいけど。


「あと、どうしてもおもちゃの銃だから微妙に癖がある。真っすぐ飛ばなかったりするから、ちゃんと軌道を読んで修正しないと的にすら当たらない」

「難しいんですね。見ていたらなんとなくわかりますが」


 俺たちの前で的を外し、悔しがる学生。

 わかるよ、難しいよな。


 そうこう話している間に俺たちの順番が来た。

 屋台のおじちゃんに二人分の料金を払って、おもちゃの銃を二丁受け取る。


 弾は三発。

 意外と多いようで少ない。


「狙いの景品は?」

「とりあえず一番下のお菓子を狙ってみます。落とせたら一番大きなクマのぬいぐるみにしようかと」


 ぬいぐるみは落とせないだろうけど、お菓子の箱なら当たれば何とかなりそうだ。


 慣れない様子で月凪が銃を構え、片目を瞑る。

 こういうのって両目を開けていた方がいいのか、月凪みたいに片目を瞑っていた方がいいのか未だによくわからない。

 俺も雰囲気で片目を瞑っちゃうけど。


 静かに狙いを付けた月凪が引き金を引く。

 軽やかな射撃音と共に飛んだコルク栓の弾は、狙っていたお菓子の的のやや右へ逸れて、奥の赤い幕に受け止められる。


「これが癖、というやつですか。次は当てます」


 弾を込め直し、再度狙いをつける。

 右に逸れるのを考えてか、銃口を気持ち左へ。


 再び引き金を引き、放たれた弾は景品の角を掠めて飛んでいった。

 僅かに景品の箱が傾くが、棚からは落ちてくれない。


「当たりました……けど、角だったからか落ちませんでしたね」

「もう一息だな」

「頑張ります」


 三度目の正直。

 素早く準備を整えた月凪が流れるように最後の弾を撃ちだし――快音。


 大きく後ろへ傾いた箱が棚から落ちて、屋台のおじちゃんが「おめでとう!」と落ちた景品を拾い上げた。


「やりましたっ!」

「やったな」

「次は珀琥の番ですね」

「どれを狙ったものか……」


 月凪が取ったのだから俺が取れない、なんてことにはなりたくない。

 多少なりともいい姿を見せたい気持ちはある。


 特別欲しい景品もないから、まずは狙いやすく手近な下段のお菓子を狙う。


 後ろも控えているからぱぱっと狙いをつけ、一射目。

 当たらないだろうなという予感はいい意味で外れ、弾は見事に下段の景品を撃ち抜き棚から落とした。


「上手いじゃないですか」

「たまたまだよ。癖が少ない銃で助かった」


 軌道はほぼ真っすぐ。

 これなら狙い通りに撃てそうだ。


 次なる獲物は月凪も取ろうとしていたクマのぬいぐるみ。

 大きさで言えば15センチ程度だが、景品としては大きい部類に入る。


 アレを落とすのは運もなければ無理だろう。


 静かに狙い、二射目。

 軌道通りに弾は真っすぐ飛び、ぬいぐるみに命中する……が、びくともしない。


「流石に重心がしっかりしてるな」

「頭を狙えば崩せるのでしょうか」

「やるだけやってみるか」


 頭の中でイメージを固めつつ弾を込め、狙う。


 落とせたら嬉しいけど……と思いつつの三射目。

 乾いた音で放たれたコルク栓が撃ち抜いたのは頭ではなく、僅かに外れた耳。

 本体は微動だにせず、落とせない。


「惜しいねえ、兄ちゃん。はい、これ取った景品ね」


 にっこにこのおじちゃんに景品を手渡され、屋台を後にする。


「落ちませんでしたね、ぬいぐるみ」

「当たりはしたんだけどなぁ。流石に難しかったか」

「……でもあれ、本当に落ちるんですかね。明らかに威力が足りてない気がするんですけど」

「そこまでアコギな商売はしてないだろ……多分。一人で落とすのを想定してないんじゃないか? 何十人と狙って少しずつぬいぐるみを奥に押して落とす、みたいな」

「ラストワン賞的な扱いなら納得です。まあ、楽しかったのでよしとしましょう」

「だな」


 ―――

 月凪さんが落としたい的もそんな感じ

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2025年1月10日 07:06

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