第59話 ……愛とか、ですか?

 帰省三日目。

 今日も今日とて仕事がある親父を見送り、朝食を済ませた後は、まったりとした時間を過ごしていた。


 今日のところはめぼしい予定が夜までない。

 夜は近所の夏祭りに行こうと決めていた。


 それなりに大きな規模で、最後には花火も打ち上がる。

 月凪と淡翠は浴衣に着替えるから実質的に暇なのは午後までか。


 それまでどうやって過ごそうかと思っていたのだが。


「珀琥、少しお願いがあるのですが」

「なんだ?」

「昔のアルバムとか見せてもらえたりします?」


 脈絡なく月凪に求められたのは、そんなことだった。


「……母さんも淡翠も変なこと吹き込むなよ」

「吹き込まれてはいませんよ。珀琥の昔話を聞いたら興味が出てしまって」


 ダメでしょうか、と目じりを下げながら聞いてくる月凪。

 帰省してから大体俺の話をしてるから、興味が出ても仕方ないとは思う。


 でも、アルバムかぁ。


 小中学校は碌な思い出がないし、見せられた顔をしていない。


「どうしても見たいのか?」

「結構見てみたいです。見られたくない気持ちも理解しているつもりなので無理にとは言いませんけど」

「……まあ、月凪ならいいか。言いふらしたり、写真を撮って誰かに見せるとも思えないし。けど、面白くもなんともないぞ?」

「いいんです。珀琥のことを知りたいだけですから」

「わかった。アルバム……どこに仕舞ったかな」


 朧げな記憶を頼りに部屋の収納を探ってみる。

 すると案外、目的のアルバムはすぐに見つかった。


 小学校と中学校の二冊を引き当てて戻り、月凪へ手渡す。


「ありがとうございます。子どもの頃の珀琥はどんな感じなんでしょう。凄く楽しみです」

「そんな大層なものじゃないけどな」


 月凪はまず小学校の方から開き始めた。


 小学生の俺ってどんな感じだったっけ。

 今と同じで怖いって避けられていたことしか覚えていない。

 楽しかった思い出もないし、ずっと一人で過ごしていた気がする。


 ……それと比べたら今は本当に恵まれてるな。


「珀琥は……いました。小さいですけど今も面影が残っている気がしますね。顔立ちとか、雰囲気とか」

「だろうな。この歳にしては無邪気さが足りないけど」


 俺が映っている写真はかなり少ない。

 カメラマンも俺じゃあ映えないと思っていたのだろう。


 その数少ない写真……運動会の最中に撮られたと思しき写真を見つけ出した月凪が微笑みながら眺め、写真の中の小さな俺の顔を指先で撫でた。

 それから顔を上げて俺を見て、写真と見比べながらうんうんと頷いている。


「当たり前のことですけど、珀琥にもこんな風に小さな時代があったのは胸に来るものがありますね」

「高学年になったら急に伸び始めたぞ。その写真は一、二年生くらいの頃だと思う」

「卒業時の写真と見比べたらわかりそうですね」


 月凪がページを一つずつ捲っていく。

 けれど、アルバムに残っているのは楽しげに笑うクラスメイトが映る写真ばかり。

 そういえばこんなこともあったなあ、と当事者のくせに部外者的な心境のままそれらを眺める。


 次に俺の姿が映っていた写真は卒業式の集合写真だった。

 すっかり背も伸び、体格もがっちりしてきた俺の立ち位置は一番端。

 これは身長順で中央から外へ広がるように並んでいたから他意はない……はず。


 それを抜きにしても、あの頃の俺には一番端が相応しいか。


「いましたね、珀琥。この頃って何センチだったか覚えてます?」

「んー……170センチはあった気がする。中学入ってからもうちょい伸びて今くらいになったんだったか」

「恐るべき成長率ですね。バスケ部とか身長が大事な部活なら無双できたんじゃないですか?」

「無理だろ。特にチームスポーツはさ。身長も大事だけど信頼と連携が必要だし」


 俺にそこまでの社交性は備わっていたら、いくら顔が怖くても友達くらいは作れていただろう。

 いやまあ、今も社交性があるかと聞かれると素直に頷き難いんだが。


 続いて中学校のアルバムに移るも、映っている写真の枚数は少ない。

 小学校と似たような理由で撮られていないだろうし、途中で不登校にもなっている。


 そこに文句を言うつもりはないけども、改めて見直す機会があるとほんの少しだけ寂しく思ってしまう。


「流石に中学卒業時にもなると、今とあんまり変わらないですね。でも……今の方が幾分か表情が柔らかい気がします」

「月凪のお陰だろうな。この頃はなかったものを月凪が教えてくれたからさ」

「……愛とか、ですか?」

「信頼だって。親愛……も多少あるのは認めるけど」


 家族の尽力もあってなんとか不登校を脱して卒業式にも出席したが、他人を信頼できないのはあまり変わっていなかった。

 変わったのは自分の心の持ちようだけ。

 他人に期待するのは無駄で、自分を見失わないことが一番大事なのだと。


「……珀琥。高校のアルバムはたくさん写真を撮ってもらいましょうね。思い出はなるべく残したいですし、私も珀琥のアルバムと似たようなものだったと思うので」

「月凪なら嫌でも撮られるだろうさ。俺も一緒に映るかどうかは微妙だな。映りも悪いし、映えないし」

「珀琥が一緒じゃないと意味がないんです。……なら、今撮りましょう」


 いそいそとスマホを取り出した月凪がカメラアプリを起動する。

 俺の隣に身を寄せて、スマホの内カメラを向けた。


「さぁ、笑ってください」

「急に笑えって言われても」

「じゃあいつも通りでいいです。撮りますからね。さん、にー、いち」


 俺の準備が整うのを待たず、カウントダウンを終えた月凪がシャッターを切った。


 撮られた写真に写るのは薄く微笑む月凪と、困惑気味な仏頂面の俺。

 ……やっぱり写真撮られるのが根本的に向いてないのでは?


「ふふっ。いい写真が撮れました。これ、壁紙にしておきましょうかね」


 ご機嫌そうな月凪に強くは言えず、早速壁紙に登録した画面を見せられてなんとも言えない気分になってしまった。


―――

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