第60話 フェチ調査

「そういえば私、浴衣を着るの初めてかもしれません」


 アルバムの話が流れて、夏祭りに向けた話題になると月凪はそんな風に零した。


 イメージ的に女性は浴衣が好きだと思っていたけど、月凪は着たことがないのか。


「意外だな。けど、似合わないなんてことはないだろ」

「そうだといいんですけど……初めてだと何事も心配になるじゃないですか」

「月凪の不器用さが全く関係ないことなのに?」

「……だって、折角用意してもらったのに似合わなかったら申し訳なくなります」


 月凪の気持ちもわからないでもない。

 けれど、月凪は見ての通りの容姿だし、浴衣を用意したのは母さんの独断だ。

 万が一にも似合わなかったとして、月凪が申し訳なく思う必要はどこにもない。


「もうちょい自信を持ってくれよ」

「そう言われても……」

「浴衣が嫌なわけじゃないよな?」

「もちろんですよ。私も女の子ですから、浴衣にはそれなりに憧れはあります。なんかこう、特別感があっていいじゃないですか」


 現代で浴衣を常用する人はそうそういないだろう。

 着る機会もそんなにないし、浴衣自体が結構高価だ。


 ……うちの母さん、どっから調達してきたんだ?


 まあ、母さんのことだから大丈夫か。


「珀琥は浴衣、好きですか?」

「好きか嫌いかなら好きだろうな」

「それは浴衣が好きなのでしょうか。それとも、浴衣に付随する色々な事柄が好きなのでしょうか」

「……浴衣を着ている状況とか雰囲気とかってこと?」

「ええ。うなじとか、遅れ毛とか、ちらりと見える足首とか……浴衣ならそういうのも見放題ですし」


 月凪の言うことも間違っていないが、女性側から告げられると身構えてしまう。


 見ていないとは口が裂けても言えないし、自覚している前科もある。

 見えたら見てしまうというか……言い訳だなこれも。


 そこにどうしようもなく魅力を感じてしまうから見てしまうのだ。


「フェチ、というやつです。浴衣に限らず制服や下着、今みたいに緩い部屋着姿でも同じことかと。身を屈めた時に襟元がたわんで鎖骨とか胸元がちらっと覗く……みたいなものって好きですよね?」

「なんでいきなり具体的な表現を?」

「珀琥にどんなフェチがあるのか気になりまして」


 なんて言われたら、視線がそこへ向いてしまうのも仕方ないこと。


 蠱惑的に笑む月凪が部屋着のシャツの襟元に指を軽くひっかける。

 月凪が言っていた通り、白い素肌とほっそりした鎖骨のラインが窺えた。


 ……いやいや、そうじゃなくて。


「何してんだよ」

「珀琥のフェチ調査ですよ。今後のために重要なんです」

「今後?」

「誘惑するにも効果的にツボを突いた方がいいでしょう?」


 開いた口が塞がらないとはこのことか。

 誘惑するにしても正直に宣言する必要はないだろ。


 ……まんまと嵌ってる俺が言えた話ではないけども。


 事実、月凪のそれは効果的に機能していたわけで。


「……あんまり軽々しくそういうことするなよ」

「ですね。揶揄い過ぎました。いくら珀琥がへたれ……もとい紳士的で、私に手出しするつもりがないとわかっているのに、こんなことをしていては我慢が出来なくなってしまいそうですし」

「ほんとだぞ。自分の魅力を自覚してくれ」

「そう言って貰えて、ちょっとだけ自信が出てきました。浴衣姿、楽しみにしていてくださいね。私も珀琥の甚平姿を楽しみにしているので」


 ふふ、と微笑む月凪は、夏祭りが待ち遠しそうだ。


 男の甚平姿よりは女性の浴衣姿の方が見ていて楽しいと思うんだが。

 そこはまあ性別の違いってことで受け入れよう。


「お祭りってことは、屋台も出るんですか?」

「色々出るはずだぞ。たこ焼き、イカ焼き、焼きそば焼き鳥チョコバナナ……お祭りだからちょい割高だけども」

「射的とか金魚すくいも?」

「もちろん。やってみたいなら付き合うぞ」

「是非……!」


 俺もお祭りはあんまり行ったことがないからな。

 友達もいなかったので、数少ない機会は淡翠が俺を引っ張っていったときくらいだ。


 高校に進学してからもお祭りに行ったことはないし。


「映画に限らずアニメ漫画なんかでもお祭りって楽しそうに描かれるじゃないですか。屋台を巡って楽しんで、最後には大きな花火が打ち上がるんです。そして、お祭りに来ていた二人は仲が深まる……みたいな」

「……既に結構仲がいいと思うんだが? あの関係はともかくとして、実家に一緒に帰省する程度には」

「そうですけど、違いますよ。ここで指す仲の良さは友人的なそれではなく、恋人的なアレです」


 わかっていながら話を逸らした俺を責めるかのように、流し目が向けられる。


 俺と月凪の関係は、一体何なのだろう。


 一つ明確なのは偽装の恋人関係であること。

 対外的には恋人として振る舞う知人……と呼ぶには近しい距離感。

 友人の範疇ではあると思う。

 親友と呼んでも差し支えない程度の親密さもあるだろう。


 されど、恋人ではない。


 なのに恋人的な仲の良さが深まると言われては……反応に困る。


 嫌ではない。

 ただ、本当にそれでいいのかわからないだけ。


「仲良くなれるのはいいことだよな、多分」

「きっといいことですよ。珀琥とならどれだけ仲良くなっても不都合はありませんし、私たちの関係を疑う人も減りそうです」

「だといいんだがなぁ」


 うちの家族は揃って歓迎だろうな。

 学校の連中はわからんけども。


 それをいいことと称する月凪は……いや、よそう。


 確かめるのは、もう少し後でも遅くないはずだ。


―――

新年あけましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします!


なるべく頑張って更新するのでよろしゅう……(自転車操業がいつ崩れるかわからないので)

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