第57話 誰かさんが過保護で極度の世話焼きだったのは計算外でしたけど

 墓参りを終えた後の午後。

 回る寿司屋で昼食を取ってから、親父が休みの内にどこかへ行こうと言いだし――


「水族館に来たのなんていつぶりだろうな」


 俺たちは水族館に来ていた。


 水族館に行きたいと言いだしたのは淡翠だ。

 理由を聞いたら「お寿司食べたからかな?」とか言っててちょっと怖かったけど。


 ちなみに親父と母さんは一緒に来ているけど別行動である。

 あっちはあっちでデートをするらしい。

 両親が腕を組んで消えていく後ろ姿を眺めるのはなぜか居心地が悪かった。


「私、多分水族館に来るのは初めてです。お魚さんたちが沢山いるんですよね」


 意外にも淡翠より月凪の方が楽しんでいそうだった。

 まだ入場したてで魚の姿が一つも見えていないのに、だ。


 さもありなん。

 初めて来たなら楽しみな気持ちも理解できる。


「お魚さんって、随分可愛い表現だな」

「……いいじゃないですか」


 照れた風にほんのり顔を赤く染めて答える月凪。

 どうやら自覚がなかったらしい。

 それもまた可愛い所だな。


 そんな一幕を挟んでから、全員で水族館の順路を辿っていく。


 まず、出迎えてくれたのは小魚が泳ぐ水槽。

 水草の隙間をすいすいと泳ぐそれを、月凪はぼんやり眺めていた。


「なんだかお魚さんが泳いでるのを見ると和みますね」

「わかる。なんかいいよな」

「チルってやつだよねえ」

「淡翠には一番遠い言葉じゃないか?」

「失礼だぞ~お兄ちゃん。淡翠だってチルりたい時くらいあるんだから」


 得意げに笑って口にする淡翠。

 チルって言葉を使いたいだけじゃないか、とは言わない。


「受験生は大変だもんな」

「それは禁句じゃない? 嫌なこと思い出したじゃん」

「勉強嫌いって言う割に成績は結構よかったよな」

「それとこれとは話が別だからね」


 こういうとこは本当に偉いよな。

 適当っぽく見えて、俺より余程しっかりしている。


「勉強はしておいて損はありませんよ。進路選択の幅も広がりますし、自分がやりたいことに近づけます」

「ですよねー。だから淡翠も嫌々頑張ってはいるんですよね。高校はともかく、大学は都会のとこに行きたいので」

「ちなみに理由は?」

「なんかキラキラしてるから!」


 ……訂正。

 しっかりしてても根本の部分がアレだった。


 まあ、俺が言えた話でもないんだが。


 先へ進むにつれて、水槽で泳ぐ魚の種類が徐々に大きなものへ変わっていく。

 一面に広がる水槽のガラス。

 悠々と泳ぐ魚たちは迫力と見ごたえがある。


「ところですっごい今更なんだけど、淡翠はここにいて大丈夫なの?」

「……言いたい意味は薄々察するけども、問題ないぞ」

「デートはいつでもできますし、帰れば毎日がデートみたいなものですから」

「同棲中だもんねえ。もし邪魔してたら気まずいじゃん。でも、一人で水族館を見て回るのもアレだしさ。特に休みだからかカップルっぽい人多いし」


 淡翠に言われる前からそんな気はしていた。

 お盆休みで外出しようと考えるのは皆同じ。

 田舎だと遊ぶ場所も少なく、被るのも仕方のないこと。


 仙台は地方都市だから多少はいいんだろうけども、水族館なんて真っ先に挙げられる場所の一つだろう。


「そういえば淡翠さんはお付き合いをしている人とかいないんですか?」

「いたら今頃ここにいないと思うけど?」

「そりゃそうか」

「あっれぇ~? お兄ちゃん、愛しの妹に彼氏がいるかもって焦った?」

「焦ってない。てか興味も……なくはないか。彼氏がいたらちょっと気になる。変なやつを彼氏にするのは想像できないけど」

「でも、淡翠さんくらい可愛かったらいてもおかしくないな、とは思いますね」

「えへへ……まあ、告白とかはちょいちょいされるけどね。全部断ってるけど。好きでもない人と付き合うのって時間の無駄な気がしてさ」


 淡翠なら学校でもモテるだろう。

 顔はいいし、とっつきやすい性格だ。

 俺もいなくなったからアプローチをかける男子がいても不思議じゃない。


 適当なところもあるけど、それもギャップになるんだろうか。


「毎月付き合ってる相手が変わる子もいるけど、淡翠はそこまで前向きになれないかな。そういう意味ではお兄ちゃんと月凪さんってすごいよね。もうちょっとで丸一年でしょ?」

「言われてみればそうですね。あっという間で実感がまるでありませんでした」

「確かにな。もうじき一年経つのか」


 厳密には付き合っている訳ではなく偽装交際だけど、それは淡翠には明かせない。


 歪な関係のまま一年経とうとしている現状に思うところは多少ある。

 あるのだが、気にしないでいられるほど月凪といるのは居心地がいいらしい。


「高校生で一年も続くなんてそうそうないんじゃない?」

「かもしれませんね。結婚を前提にお付き合いしている社会人とかならわかりますけど、高校生という年齢を加味すると珍しい方かと」

「こんなに続くとは思わなかったんだがなあ。初めはひと月もしないで別れるものだと思ってたし」

「言いだしたのは私からですから、そんなすぐに捨てるような真似はしませんよ。誰かさんが過保護で極度の世話焼きだったのは計算外でしたけど」

「あんな部屋と食生活を見せる方が悪い。そこについては全く後悔してないぞ」

「私も感謝していますよ。あの頃はぜんぜん素直じゃなかった気がしますけど」

「まあ、そうかもな。ちゃんと礼は言ってたあたり、育ちの良さが窺えるけども」


 当時は偽装交際を始めたて。

 俺の世話焼きを月凪が不信に思っても仕方ない。


 本気で好きになられると困ると話していた手前、意図せず自ら距離感を縮める行動に抵抗はあったが、結果よければすべてよし。


「一周年、楽しみにしていますね」

「……飯くらいしか作れないぞ?」

「望むところです」


 ―――

記念日は覚えておくのが円満の秘訣

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