第55話 意外と優良物件だよね
それぞれ風呂に入った後、俺と月凪、淡翠の三人は俺の部屋に集まっていた。
既に月凪の分の布団は敷かれていて、ここで眠るつもりだと伝わってくる。
けれど、寝るまでは時間があり、淡翠もまだ話したりないらしく、しばしの夜会が開催されていた――のだが。
「……お兄ちゃん、なんでそんな当たり前のように月凪さんを抱えて座ってるの?」
「なんでって聞かれても……家ではいつもこうだし、その癖?」
「珀琥の膝はすごく落ち着くんです。お風呂上りなので温かいですし」
月凪が胸に背を預けながら淡翠に答えると、信じられない目を俺が向けられた。
そこまで疑念を抱かれる謂れは……あるのかもしれない。
色々あって俺は人間不信のような状態になっていた。
だから確固たる信頼関係がなければしないようなことを月凪としているのが、淡翠にとっては驚きだったのだろう。
「お兄ちゃんにとって月凪さんってそこまでなんだ。へぇ……妬けちゃうなあ。お風呂上りも髪を乾かしてもらってたし」
「淡翠の髪もやっただろ」
「だってお兄ちゃんに乾かしてもらうの気持ちいいんだもん」
「触り方が優しくて丁寧なんですよね。私も毎回、心地よさのあまり眠くなってしまいますし」
「魔性の手だね、お兄ちゃんは」
「変な呼び名はやめろ。てか、髪を乾かすだけであれこれ注文を付けてきた誰かさんのせいで覚えたんだぞ」
「淡翠しーらないっ」
ぷいと顔を背ける淡翠だが、目は笑っている。
調子がいいみたいでなによりだ。
「まあでも、お兄ちゃんがいなくなって髪を整えるのが面倒になったから、淡翠は切っちゃったんだけどね。髪が長いと大変じゃない? その分色々弄れて楽しいけど」
「私も珀琥と付き合うまでは手入れだけで精いっぱいでした。元々不器用なのもあって髪もまともに結べませんし」
「俺としてはこんなに綺麗な髪を触ることに抵抗感がないとは言わないけど、結ぶこと自体は楽しいんだよな」
「髪は女の命なんだから大切に扱わないとダメだよ? お兄ちゃんなら心配ないと思うけど。器用で几帳面で、お人好しの世話焼きだし」
「……褒めてるのか?」
「当たり前じゃん。淡翠のことなんだと思ってるの?」
「ちょい生意気で若干適当だけど人のことはよく見てる妹様」
「お兄ちゃんこそ褒めすぎ。照れますなあ」
えへへとわざとらしく笑う淡翠に釣られて、俺も笑みが零れる。
淡翠との会話は全く気を使う必要がなくて気が楽だな。
「珀琥と淡翠さんは本当に仲がいいですね。兄妹だからなのでしょうか」
「世の中の兄妹が全部ここまで仲良くないだろうな、とは思ってるよ。そういう意味では淡翠に救われてるよ」
「淡翠とお兄ちゃんは色々あったからね。大変なときはお互い様だし。兄妹としては普通に好きだよ? 兄弟として、ね」
「なんで念押しした?」
「漫画とかだとよくあるじゃん。血の繋がった兄妹が本当は好きで……みたいな展開。お兄ちゃんはお兄ちゃんだからいいのに」
そうじゃない? と同意を求めてくる淡翠。
言わんとすることは理解できるけど。
「そいえばお兄ちゃん。お墓参りと夏祭りは行くって決まったみたいだけど、他の予定はあるの?」
「これといったものはないな。こっちでわざわざ会いに行くような友達はいないし。月凪がどっか行きたいって言うなら案内と荷物持ちくらいはするつもりだったけど」
「ふーん……そうなんだ。過保護だしデレデレだね。月凪さんを見てたらそうなる気持ちもわかるけど。めちゃくちゃ可愛いから街を歩いてるだけで男の人が寄って来るんじゃない?」
「……否定はしませんね。それを見越して珀琥が傍にいてくれますから、長らく被害には遭っていません」
「ちゃんと男除けの役割は果たしてるんだ。流石は淡翠のお兄ちゃん。家事も出来て紳士的で優しくて気遣い上手で……顔がちょーっとだけ怖いかもしれないけど、意外と優良物件だよね」
感心したように俺を眺める淡翠に、月凪も「ですよね」と同調する。
淡翠の評価自体は客観的なもので、そこまで的外れでもないと我が事ながら思う。
家事はそれなりに出来るし、紳士的な振る舞いも心掛けてはいる。
優しくて気遣い上手の部分は人によって評価が分かれるところだろうが、身内に甘い自覚くらいはあった。
顔がちょっと怖いという点も、本当にちょっとか? と疑問に思う程度。
ここは淡翠の身内贔屓が効いているかもしれない。
家族仲も良好だし、兄妹間でこんなやり取りを出来るくらいには打ち解けている。
総じてみれば優良物件……であると願いたいな。
「いきなり褒めてどうしたんだ。何か企んでるのか?」
「企みがないとは言わないよ。目下の目的は夜食かな。アイスとか食べたくない?」
「帰省して来た兄に買いに行って来いと申すか」
「可愛い妹と彼女さんのためなんだから良いじゃん。夜のお散歩がてら、コンビニまでひとっ走りしてもさ」
「しかも待ってるつもりかよ」
「だってお風呂入っちゃったし」
「わかったよ。月凪はどうする?」
「私はついていきます。知らない道を夜にお散歩するのは楽しそうですから」
「んじゃ、淡翠は留守番だな」
「えーっ!? じゃあ淡翠も行く!」
「月凪と二人で話したかっただけかよ。そんな気はしてたけどさ……お兄ちゃん除け者にされてるみたいでちょっと悲しいぞ?」
―――
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