第54話 家庭の味

 妹の名前は淡翠(あみ)です。

 結構前にルビ振ったきりでしたねゴメンネ


 ―――


 荷物の整理を終えてから、月凪はうちの家族と親睦を深めていた。

 母さんとはともかく、活発な淡翠あみの組み合わせでどうなるかと思ったが、想定よりも遥かに速く打ち解けていた。


 話題は当然のように俺のこと。


 月凪は学校での出来事や日常の話を。

 淡翠は高校入学前のことを嬉々として話していた。

 同席していた俺も聞かされ、かなり恥ずかしい思いをしたのは言うまでもない。


 ……いくら事実でも母さんと妹にそこまで明け透けに話すのはいかがなものか。

 恥ずかしい思いをするのは俺だけと言われればそうなんだが。


 そうこうしている間に夕飯時が近くなり、母さんの手伝いをしようと思ったのだが「あんたは二人と話してなさい」と追い出され――


「いやぁ、まさかうちの息子にこんなべっぴんな彼女が出来るとはなあ。祥子さんから聞いちゃいたが、実際見ると驚くのなんの。てか、ほんとにどうやってうちの息子はこんな可愛い彼女を捕まえたんだ……?」


 仕事から帰ってきた父さんも交えて、夕飯を食べている最中だった。


 銀行に勤める父、明利あきとしは珍しく困惑した様子で俺に聞いてくる。

 父も俺に彼女……月凪がいることを母さんから聞いていたはず。

 それでもこんな反応になるのだから、月凪の容姿の凄まじさがわかるというもの。


「聞かれて素直に答えるとでも思ってるのかよ、親父」

「気になるだろ、そりゃあ。珀琥、お前は顔も悪くなけりゃ優しい人間だ。きっかけさえあればいい人の一人や二人出来るとは思っていたさ。だがなぁ……初めての彼女でこんな可愛い女の子を連れてこられる親の気持ち考えたことあるか?」

「……まあ、驚くなって方が無理だよな」

「だろ?」


 俺の事情と月凪の容姿が重なれば、とても否定はできなかった。


「でも、ほんとに心配しなくていいから。月凪は全部知ってるし」

「……話したのか、珀琥」

「淡翠もびっくりした。そこまでお兄ちゃんが月凪さんのこと信用してるなんて」

「珀琥にもやっと春が来てくれて母さんは嬉しいわあ」


 反応は三者三様。

 親父は信じられなさそうに俺を見ていたが、事前に知っていた母さんと淡翠はにやにやと意味深な笑みを投げてくる。

 けれど、どれもが俺を思いやった結果だとわかるから、強くは出られない。


「……とにかく、そういうことだから、月凪は大丈夫」

「お前さんがいうならそうなんだろうよ。月凪ちゃん、だったか。どうか今後もうちの息子をよろしく頼む。色々迷惑かけるとは思うが……これでも根は優しいから、悪いようにはしないはずだ」

「こちらこそ日々、ご迷惑をおかけしている立場ですが、今後も一緒に居させていただければと思っています」


 食卓を挟みつつお辞儀をしあう親父と月凪。

 なんというか、月凪がこの場にいるのは見慣れない。

 これだと本当の家族になったみたいな気がしてくる。


 ……いや、いくらなんでも思考が飛躍し過ぎだ。


「それにしても……祥子さんのお料理、本当に美味しいですね」

「そう言ってくれて嬉しいわ。月凪ちゃんもいるから腕によりをかけて作ったのよ」


 今日の夕飯は和食だった。

 ぶりの照り焼きと肉じゃが、ほうれん草なんかのおひたしと具だくさんの味噌汁。

 久しぶりに母さんの料理を食べているのに、記憶に残る味と寸分違わない。


 どこか安心する、優しい味。

 こういうのを家庭の味と呼ぶのだろうか。


「私もいつか、こんな風に料理を作れる日が来るのでしょうか」

「練習すれば誰だって作れるようになるわ。月凪ちゃんがいる間は教えようか?」

「是非お願いします。まだ、練習を始めたばかりの初心者ですが……」

「心配しなくていいわ。月凪ちゃんなら絶対出来るようになるから。珀琥だって出来たんだもの」

「月凪さんでも苦手なことあるんだ」

「私がどんな風に思われているのか気になりますけど、間違っても完璧超人ではありませんよ。というか、生活力に関しては皆無です。珀琥に頼りきりですし」

「月凪の部屋が散らかってたのも懐かしいなあ」

「……今思うと結構恥ずかしいので言わないでください」

「すまんすまん」


 とはいえ、月凪とて昔のままじゃない。


 今では家事の手伝いもしてくれるし、前ほど散らかしてもいない。

 月凪の部屋にも週一で掃除に入れば綺麗に保てるほどだ。

 料理の腕もそのうち俺を追い越すことだろう。


 要領の良さはそういうところにも役立っている。


「珀琥たちはいつまでこっちにいるんだ?」

「精々三日……土曜には帰るつもりだった。週が明ければ学校も始まるし、長居すると荷物も多くなるから」

「そうか。なら、墓参りくらいは行けそうか。明後日には近所のお祭りもあったはず。月凪ちゃんと楽しんでくるといい」


 墓参りと夏祭りか。

 前者はともかく、後者はどうしようか。


 月凪と行きたくないわけじゃない。

 けど、ここは地元。

 近所の夏祭りなら顔なじみと顔を合わせる可能性がある。


 そうなったら、俺は――


「なんと月凪ちゃんの分の浴衣もあるのよ。絶対似合うわ!」

「……なんで月凪の浴衣まで用意してんだか」

「だって絶対似合うと思ったんだもの。あ、珀琥の甚平と淡翠の浴衣もちゃんとあるからね。月凪ちゃんも見たいでしょ? 珀琥の甚平姿」

「見たいですね、とても」

「月凪まで……」

「珀琥はお祭り、行きたくないですか?」

「お兄ちゃんも行こうよ~」

「……仕方ないな」


 淡翠が行きたいと言いだすのはわかりきっていた。

 月凪もこういうのは結構好きだから乗るだろうとも。


 それに……なんだかんだ、月凪の浴衣姿は気になる。

 母さんの言う通り絶対似合うだろうけど。


「決まりですね。夏祭り、楽しみです」


 不慮の事故は心配だけど、笑みを刻んで口にする月凪の気を削ぐようなことは言えそうになかった。


―――

浴衣もあるぞ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る