第51話 笑顔でいられるのなら

「月凪も花葉もぐっすりだなあ」

「あれだけ遊んでいたら仕方ないよ。珀琥くんは全然元気そうだね」

「それなりに鍛えてるからな。燐もだろ?」

「まあね」


 俺の右肩には月凪、燐の左肩には花葉が似たような形で寄りかかりながら、無防備な寝顔を晒していた。


 プールで散々遊んだ俺たちは、電車に揺られながら帰路に着いている真っ最中。

 月凪の泳ぎの練習に付き合った後、二人とも合流してまた遊び、それからやっと帰ろうかという話になったのだ。


 更衣室を出て合流した時点では月凪と花葉も元気に話していたのだが……電車に乗って揺られてすぐ、夢の世界に旅立ってしまった。


「満員電車じゃなくて助かった。二人が安心して眠れなくなるし」

「今ですら見られてるからね。不埒なことを考える人がいてもおかしくないよ」

「ほんとにな。……いやほんと、燐がいてくれて助かった」

「僕は何もしてないよ。むしろ、本当にいいのかなって感じだった。二人みたいに可愛い女の子とプールってだけでも嫉妬されそうなのに、花葉さんとは一緒にウォータースライダーまで乗っちゃったし」


 なんていいつつも、自分の左肩で眠る花葉を押しのけようとしないのは、燐の人柄の良さが現れていると思う。

 それに、花葉がいくら疲れていても、信用できない人の隣では居眠りもしないはず。


 とはいえ、それとこれとは話が別なのも理解している。


「花葉を見る限り気にし過ぎだと思うけど、気持ちはわかる。俺と月凪はアレだけども、燐と花葉は友達同士だからって話だろ?」

「そうなんだよね。正直、結構困ったかな。でも、花葉さんにそんな意図はないだろうし、楽しい時間の邪魔をしたくなかったから。あ、念のため言っておくけど、花葉さんのことが嫌だって話じゃないよ?」

「わかってる。嫌なら初めからプールにも着いてきてないだろ。断る理由なんていくらでも作れるんだからな」


 燐は部活で忙しいが、夏休みの予定が部活だけではないだろう。

 他の友達と遊んだり、家族でどこかへ行くこともあるかもしれない。

 そういう本人しか知らない予定を盾にすれば、今回も断れたはずだから。


「それにしても……まさか俺が友達とプールで遊ぶことになるとは」

「急にどうしたの?」

「いや、なんか終わってみたら感慨深くなってさ。二人以外に友達なんていなかったし、なんなら月凪と知り合う前まではぼっちだったしで、こういうのに無縁の人生だったから。率直に言って、環境の変化に驚いてる」

「大袈裟……じゃないんだよね、多分」


 俺の呟きを燐は否定するでもなく、やんわりと受け止める。

 冗談でこんなことを言わないとわかっているだろうし、知り合ってすらいなかった一年の時に噂くらいは聞いていたはずだから。


「でも、嫌じゃないんでしょ?」

「もちろん。みんなには、本当に感謝してる」

「だったらいいんじゃないかな。過去がどうあれ、未来はどうにでも変えられる。珀琥くんが白藤さんと知り合って変わったなら、掴んだ今を享受する資格が珀琥くんにはある」

「月凪も似たようなことを言いそうだ。自分も同じなんだから、みたいに言ってさ」

「確かにね。花葉さんは……どうだろ。あんまり気にしなさそうだね。友達なんだからいいじゃん、みたいにさ」

「そういう明るさが花葉のいいところだもんな」


 俺や月凪と違って、燐や花葉は他にも友達がたくさんいる。

 それでも俺たちと遊ぶことを選んでくれた意味を考えなければならない。

 いつまでもぼっちだなんだと卑屈になっていては、二人の気持ちを蔑ろにしているのと同じだ。


「ところで、そろそろ降りる駅じゃないか?」

「そうみたいだね。楽しい時間は終わるのが早いなあ。それじゃ、僕と花葉さんはここでお別れかな」

「その前に起こさないとだけど……こうまでぐっすりだと気が引けるよなあ」

「けど、起こさないと降りれないからね。花葉さんには悪いけど起きてもらうよ」


 燐は笑って、そっと花葉の肩を揺すって「起きて」と声をかける。

 すると「うう」と僅かに呻きながら起きたらしい。


「……あれ? もしかしてあたし、しのっちの肩借りて寝てた? めっちゃ恥ずかしいんだけど……寝顔、変じゃなかったよね?」

「変じゃないし、気にしなくていいよ。駅に着くから起こしちゃったけど」

「ううん、全然だいじょぶ。ありがとね。寝過ごす方が大変だし」


 ちょっとだけ照れた風な花葉が話していると、電車が速度を落としていく。


「それじゃ、僕と花葉さんはお先に失礼するよ。また今度ね、珀琥くん。白藤さんにもよろしく」

「ありゃ、るなっちも寝てたんだ。くわっち、またねーっ」

「またな。気を付けて帰れよー」


 電車内から二人を見送り、またしても走り出す。

 俺たちもそろそろ駅が近くなってきた。

 燐と同じように月凪を起こしてみれば、静かに瞼を薄く開く。


「……はくと? ここ、は」

「まだ電車の中だ。そろそろつくから起こそうと思ってな。起きれそうか? 無理ならおぶって帰ってもいいけど」

「…………それはちょっと、恥ずかしいかもしれませんね。肩、貸してくれてありがとうございます。おかげでぐっすり眠れました」


 月凪は俺の肩から離れ、その場で邪魔にならないよう身体を軽く伸ばす。

 まだ疲れは残っていそうだが、仮眠が効いたのかもしれない。


「お二人は……もう降りてしまったんですね」

「ちょっと前にな。起こそうかとも思ったけど、忍びなくて」

「後で連絡だけしておきましょう。今日の感謝も含めて」

「こんな風に楽しい日が続けばいいな」

「私も、そうであって欲しいと思います」


 今日の出来事を思い出し、微笑みを浮かべた月凪と笑い合う。

 笑顔でいられるのなら、それでいい。


「夕飯はどうする? 今から作るのも面倒だし、たまには出前とか取ってみてもよさそうだなって思ってたけど」

「そうしましょうか。出前と言えば……ピザですか?」

「大アリだ。映画とか観ながら食べられるし」

「それならコーラも欠かせませんね」

「あんまり食べ過ぎると太るぞ」

「これからはちゃんと運動もするのでいいんです。朝、起こしてくださいね?」

「言ったな? 引きずってでも連れて行くぞ」

「望むところです」


―――

肩枕で寝かせたいだろ

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