第52話 義妹になるんですから

 夏休みというのは長いようで短い。

 だらだら過ごしていたらあっという間に過ぎ去ってしまう。


 学校から出ている課題もあるし、今年は月凪や友達と出かけることもあった。

 だから余計に時間が早く過ぎるのかもしれない。


 というわけで、時は過ぎて八月の中旬。

 残暑とは思えない暑さに悩まされる日々が続いていたが……遂にこの日が訪れた。


「準備はいいか? 忘れ物があっても取りに戻れないからな」

「大丈夫です。何度も念入りに確認しましたから」


 俺たちの手元にはキャリーバッグがそれぞれ一つずつ。

 詰まっているのは数日分の衣服や日用品だ。


 八月中旬――お盆の時期。

 兼ねてから予定していた実家への帰省に、月凪と向かう直前だった。


「まあ、大事なものじゃなきゃ着いてからでも買えるから、そんなに心配しなくていい。最悪スマホと財布さえ持ってれば何とかなる」

「新幹線のチケットも電子ですからね。失くさないようにしないと」

「……それにしても、なんか緊張するな。まさか実家に月凪を連れて行く日が来るとは思ってなかった」

「私もです。緊張していますけど、同じくらい楽しみですよ」

「こっちと比べたら田舎だけどな」


 俺の実家は東北。

 宮城の県庁所在地、仙台だ。

 地方都市ではあるからそれなりに交通の便は整っているものの、東京の発展具合と比べたら流石に劣る。


 俺も荷物の最終確認をして、部屋の戸締りも見直す。

 月凪の部屋のチェックはもう済ませてある。

 家を空けるのは数日で、マンションのセキュリティもあるから大丈夫だとは思いつつも、心配なものは心配だ。


「こんなもんだな。んじゃ、そろそろ行くか」

「ですね。余裕をもって移動した方が安心にも繋がりますし」


 新幹線の時間に遅れないよう、荷物を持ちながら駅へと向かう。

 移動中の食事のために面白いからと駅弁を二人で買ってから、新幹線のホームへ。

 予定時刻に遅れず到着した新幹線に乗り込み、予約していたシートに二人並んで座れば、すぐに新幹線が発進する。


 早速楽しみにしていた駅弁を食べながら窓の外を眺めれば、景色がどんどん後ろへ流れていく。

 仙台まではおよそ一時間ちょっと。

 これだけ離れていても片道がその程度の時間で済むのはありがたい。


「新幹線に乗ったのは久しぶりですね。中学生の修学旅行が最後かもしれません」

「どこに行ったんだ?」

「北海道ですね。梅雨前の時期だったので寒くはなかったです。赤レンガ倉庫や時計台を見たり、ロープウェイにも乗りましたね。珀琥はどこに行ったんですか?」

「俺は……ちょうど学校行けてない時期だったな。予定では大阪だったけど」

「……この話、やめましょうか。お互い余計な痛みを思い出す気がします」


 なんとも悲しい会話の終わり方だが、それも仕方ない。


「まあでも過去のことだからな。うちの修学旅行ももうちょい先にあるし」

「冬休み前で、行先は京都でしたよね。無事に行けるといいですが」

「体調管理はしっかりしておかないと。この前みたいに風邪引いたら行けなくなる」

「昔ならそれでもいいと言えましたが、今はそういう思い出も大切になるとわかっているので。なにより、珀琥と一緒に旅行に行けるのは楽しみです」

「現地での行動はともかく、寝泊まりする部屋は別だぞ?」

「……私のことを何だと思っているんですか? それくらいわきまえていますよ。帰った後のことは知りませんけど」


 当たり前の常識が備わっていてくれて助かる反面、家でのあれこれで遠慮する気がないと告げられるのはどうなのだろう。

 夏休み限定とはいえ、同居生活を受け入れた俺が言えた立場じゃないと思うけど。


『まもなく仙台です。お降りのお客様はお忘れ物のないようお支度ください――』


 そうこう話している間に車内に響いたアナウンス。

 もう仙台に到着する頃合いらしい。


「とうとう到着ですか。……私、変なところありませんよね」

「大丈夫だって。母さんが駅まで迎えに来てくれるっぽい。あと、なぜか淡翠……妹も乗ってるらしい。多分、月凪を早く見てみたいんだろうな」

「……珀琥の妹さんってどんな方なんですか?」


 月凪から聞かれ、長らく会っていない淡翠のことを思い浮かべる。

 元気だろうか……淡翠に限って心配いらなさそうだけど。


「元気で調子よくてちょっと生意気混じりだけど、変に目敏くて気を使い過ぎることもある……まあ、可愛い妹だよ」

「なるほど。もしかしてですけど、珀琥って結構シスコン気味だったりします?」

「本物に比べたら遠く及ばないだろうが、家族として普通に好きだぞ。あれこれ構うのも嫌じゃないし……世間一般的にはシスコンの域に入るかもしれない」

「その答えを聞けて少し安心しました。妹さんの髪を結っていたんですもんね」

「それも俺と話す口実を作るためだったんじゃないかって思ってるけど」

「優しい妹さんなんですね。しかも、誰かと同じで気遣い上手みたいです」


 月凪が俺を見ながら答え、微笑む。


 俺のこれはただの真似事。

 自分がされてきたことを月凪にしているだけ。

 その大本になった淡翠には敵わないと思う。


「……てか、母さんも淡翠も、下手したら父さんも誤解してるよな」

「私たちが本当の恋人同士じゃないってことを、ですか?」

「悪いけどそういう風に扱われるだろうし、淡翠は根掘り葉堀り聞きだしに来ると思うから覚悟しておいてくれ。……全然他人事じゃないけども」


 淡翠に問い詰められたら嘘がバレない自信がない。

 異様に察しがいいからな。

 俺たちが偽装交際をしている偽物の恋人だと気づきながら、それを俺たちに悟らせず恋人として扱う……みたいなことまでしかねない。


 ……月凪との関係、そろそろ真剣にどうにかしないとな。


 恋人としてなら健全な関係性を維持しているかもしれないけど、偽物――いわば友達の延長線上であると考えたら、やや不健全な距離感になっているのは否めない。

 この生活に不満があるわけじゃない。

 ただ漠然とした申し訳なさというか、半端なままでいいのかという迷いがあるだけ。


「……もしかして、妹さんに認められなかったら私は珀琥との関係を引き裂かれてしまうのでしょうか」

「昼ドラみたいな展開だな。流石にないって。どっちかって言えば、淡翠が月凪に懐きそうな気がする」

「そうだといいですね。もしも珀琥と結婚したら義妹になるんですから、是非とも仲良くしておきたいです」


 ……今のは聞かなかったことにしてもよろしいか?


 ―――

 後半戦はーじまーるよー

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