第49話 それすら恨めしく思ってしまいますけど

「ウォータースライダー楽しかったね!」

「私は三回も乗ってしまいましたし……まだ全然乗りたい気持ちはありますけど」

「まあ、一旦昼飯にしようぜ。今を逃すと食べる時間を見失いそうだ」

「お昼も過ぎてちょうど空いてるからね。席もお店も選びたい放題だよ」


 ウォータースライダーで気が済むまで遊んだ俺たちは、施設に併設されているレストランで昼食を取ることにした。

 女性陣の二人は身体を冷やさないためか一旦更衣室に戻り、上着を羽織って戻ってきている。

 水着のまま利用できるそこは一番混んでいる昼の時間を過ぎたからか、ぽつぽつと空席が目に付く。


 手近な四人掛けの席に座り、他の人に席や荷物を取られないよう二人ずつ分かれて昼食を選ぶことに。

 途中で入れ替わり、待つ間は夏休みやプールのことを話していると、あっという間に完成を報せるブザーが鳴っていた。


 それぞれがテーブルまで昼食を運び、四人分が並んだところで食べ始める。


 俺が頼んだのは海鮮塩ラーメンだ。

 エビやイカなんかの海鮮とシャキシャキ系の野菜に魚介の淡泊なスープが絡む一品……らしい。


 温水とはいえプールで身体が冷えたからか、温かいものが食べたくなったんだよな。


「なんか水着のままお昼食べるの変な感じしない? 上着は着てきたけど、ちょっと落ち着かないかも」

「俺も花葉の気持ちはわかる。水着を食事のための格好だって結びつけが頭の中で出来ないんだよな」

「家ならまだしも、こういう場なので視線も気になりますよね。覚悟はしていましたし、珀琥と東雲さんがいてくれるからか直接話しかけられずに済んでいますが」

「二人くらい可愛い女の子がいたら見られる理由はわかるけど、いい気分にはならないよね」

「上着を羽織ってきたのもその対策ですから。どこまで意味があるのかはさておいて、ですけど」


 呟いた月凪が周囲へ視線を巡らせ、小さくため息。

 俺もつられて見てみれば、明らかにこっちへ目を向けている人が数人見受けられた。

 しかし、それも俺に見咎められたからか、蜘蛛の子を散らすように去っていく。


 ……この顔も役に立つんだなあ。


「それにしても……プールってかなり体力を使いますね。明日の朝が心配です。主に筋肉痛的な意味で」

「運動不足の宿命だから諦めろ。これを機に朝のランニングも一緒にいくか?」

「……そうしましょうか。夏休みで引きこもっているのも相まって、運動不足が深刻です。正直、ちょっと太った気もしますし――」

「えー? るなっち全然細いじゃん! あたしなんて二の腕摘まめるんだよっ!?」


 花葉が声を上げて羽織っていた上着の袖を捲り、自分の二の腕を摘まんで見せる。

 月凪に勝るほど劣らない細くて白い花葉の腕。

 いくら摘まめると言っても、全く太っているようには思えない。


「それでも全然細いと思うのは僕だけ……?」

「俺も同じだ。その辺、性別で感覚が違うんだろうな」

「かもねー。女の子って少しでも可愛く見られたい生き物だからさ。細いほど可愛いかって聞かれると微妙なのかもだけど。そこんとこ男の子的にどうなの?」

「……細すぎると心配になる」

「僕も珀琥くんと同じかな。健康的な方がいいと思わない?」

「それはそうだね。てことでいっぱい食べよっか。るなっち、一口交換しよー!」

「構いませんよ」


 会話が着地したところで、月凪と花葉が互いの昼食を一口ずつわけあっていた。

 二人が仲良くしているのは俺としても喜ばしい。


 月凪が人と歩み寄ることを前向きに考え始めた証拠だ。

 以前は誰も寄せ付けないよう意図的に壁を作っていたからなあ。

 俺と偽装交際をする前はその傾向が顕著だったし、した後もしばらくは恋人として振る舞いつつも心理的には壁があったように思う。


「てかさ、くわっちとるなっちは夏休みの間はずっと一緒の部屋で過ごしてるんだったよね。あたしそういうの全然わかんないんだけど、同棲生活? ってどんな感じなの?」


 そういえばと花葉が思い出したかのように聞いてきたのは、料理が届く前に話していた俺たちのこと。

 月凪が夏休みの間は俺の部屋で同居生活をしていると二人に話していたのだ。


「同棲じゃないってツッコミは一旦置いとくとして。どんな感じって言われてもなあ……ぶっちゃけあんまり変わってる実感がない。強いて言えばおはようとおやすみが地続きになってるのにまだ慣れないくらいで」

「今までも寝るとき以外はほぼ珀琥の部屋で過ごしていましたから。でも、それだけではないと思いますよ?」

「例えば?」

「寝起きの顔を見られたり、一緒に掃除や料理をしたり、お風呂上りにそのまま髪を乾かしてもらったり、夜更かしに誘ったはいいものの寝落ちしてしまった私をお布団に運んでくれたり……日常のあれこれを私はすごく嬉しく思っているんですよ?」


 日常……か。


 同居生活は一つ屋根の下で暮らす都合上、ほぼ離れる時間がない。

 俺の部屋みたいな間取りだとなおさらだ。


 だから月凪のプライベートスペースがなく、窮屈な思いをさせているのではと思っていたが、杞憂だったらしい。


「けれど、一番は寝ても覚めても珀琥が傍にいてくれることが、何よりもありがたいと感じています。私は寂しがり屋ですから。別々の部屋で寝起きしていたときは、寝るのがちょっと嫌だったんです。もし目が覚めた時に今の幸せな現実が全部夢だったら……と考えてしまい、中々寝つけない日もあったので」

「……今は違うのか?」

「毎日、自分でも驚くくらいの安眠ですよ。……時々、それすら恨めしく思ってしまいますけど」


 なぜか月凪にジト目を向けられる俺。

 こればかりは本当に理由がわからん。

 怒っているわけではないけど、呆れられているとか、諦めに近しい感情を抱いているようにも見える。


「ねえねえしのっち。これ、もしかしなくても惚気られてるよね?」

「だね。まあ、聞いたのはこっちで、二人は幸せそうだからいいんじゃない?」


 ―――

 今夜は寝かさないくらい言って欲しいよねって


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 新作もそのうち……ちまちま書いてはいるのでね。

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