第47話 じろじろ見てもばちは当たりませんよ?

 まずは四人分の荷物をロッカーに預け、泳げない月凪のために念のため浮き輪を貸りてから、流れるプールへ行くことになった。


 レジャープールなら大体あるそこは、今も人で賑わっている。

 流れるプール……泳ぐよりも遊ぶ目的が意味合いとして強いそこなら、泳げない月凪も楽しめるだろう。


「水が怖いってことはないよな?」

「進んで潜りたいとは思いませんけど、足がつくなら大丈夫です。浮き輪も、珀琥もいることですし。溺れることは流石にないと思います……多分」

「そこは断言してくれよ……」

「いいじゃんいいじゃん。るなっちが溺れないようにくわっちが見てたらいいだけの話でしょ? もちろんあたしも気を付けるけどさ」

「僕もいるからね。三人もいれば白藤さんが知らない間に溺れてる、なんてことにはならないと思うし」

「私もなるべく珀琥から離れないようにするつもりなので」


 なんて言って、月凪が腕を絡めてきた。


 直接伝わる肌の感触と、月凪の体温。

 否応なしに押し付けられる胸の柔らかさに理性が揺れる。


 腕と胸の間にあるのは、薄くてすべすべとした生地の水着だけ。

 だからなのか、いつもより鮮明にそれの存在を感じてしまう。


 かといって溺れるかもしれないと俺を頼ってきた月凪を引き剥す気にはなれない。

 つまりは、この天国とも地獄とも言い難い状況が今日一日続くわけで。


「……月凪さんや。あんまり押し付けられると、ちょっと困るんだけども」

「なんのことですかね。ちゃんと言ってもらえないとわかりません」


 気まずさに耐えかねて加減だけしてもらえないかと相談してみるも、返ってくるもは微笑み混じりの断り文句。


 ……なんで機嫌よさそうなんですかね?

 俺は揶揄われているのか?


 いやまあ、それでもいいけどさ。


 月凪と腕を組んだまま片方の手で浮き輪を運び、流れるプールに入る。


 足から浸かったプールの水は温水だから程よい冷たさだ。

 最後にプールに入った記憶は中学校での授業。

 かなり久しぶりだからか、頭が完全にあの冷たさに怯える感覚のままだった。


 それも上半身まで浸かっていくうちに慣れて、底に足がつく。


 隣の月凪もどことなく緊張した面持ちでプールに立っていた。

 水の中では腕を組んだまま離そうとしない。


「ところで……流れるプールって何をするところなんだ?」

「え? 強いて言えばプールに流されながら遊ぶとこ?」

「僕もプールって言われると泳いでトレーニングする意味合いの方が強いかも」

「正直私もよくわかっていないので、郷に入っては郷に従えという言葉もありますし……とりあえず流れに身を任せてみましょうか」


 明確なイメージがわかないのは俺と月凪の経験値が足りていないからだろう。

 参考にするためにも周囲へ目を向ければ、水を掛け合ったり、浮き輪に乗ったまま流されていたり、恋人らしき男女が抱き合っていたりする。

 最後のは真似しないにしても、そういう感じなのだと雰囲気は掴めた。


「珀琥、こっちを見てください」

「どうした?」

「えいっ」


 可愛い掛け声と同時、月凪が掬い飛ばした水が顔を濡らした。

 突然のそれにびっくりして両目を閉じていたが、追撃がないことを察して目を開ければ、月凪はしてやったりと言いたげに笑っている。


「おかえしだっ!」

「きゃっ」


 そのつもりならと俺も月凪へ水をかければ短い悲鳴が上がった。

 濡れた前髪を額に張りつけた月凪だったが、目元を手で拭って俺と目が合う。

 すると、揃って笑みが零れてしまった。


「プールってこういう風に楽しむんですね」

「みたいだな。ついやり返したけど、顔に水がかかるのが嫌とかあったりしないか? メイクの都合とかあるだろうし」

「今日はノーメイクですから問題ありません。思う存分濡らしていいですよ」

「それはそれで気が引けるんだが――」

「隙アリっ!」


 今度は花葉に水をかけられる。

 想定外だったからもろに浴びてしまい、余すことなく濡れてしまう。


 油断大敵。

 どうやら水かけバトルはルール無用らしい。


「……そういうことでいいんだよな?」

「もちろんだよ、くわっち。るなっち、一緒にくわっちを倒そうよ!」

「いいですね、それ。二対一ですけど、卑怯だなんて思わないでくださいね?」

「僕も入れば二対二だね」

「燐まで敵に回ったらどうしようかと思ってたところだ」


 花葉と燐も参戦の意思を示したところで、二対二の構図になった。

 そこから先は合図不要のルール無用。


 思い思いに水を掛け合い、顔も髪もびしょびしょに濡らして楽しみながら流れるプールを進んでいく。

 けれど、周りの迷惑にならないように最低限の注意は忘れていない。


 しかし、その注意も絶対ではなかった。


「へへっ! 追いついてみろよ!」

「待ちなさいっ!!」


 俺たちのすぐ後ろから調子良さそうな男女の声が響いた。

 その進路にいた月凪は男女を避けようとしたものの、慣れない水中で身動きがとりにくかったのだろう。

 避けきれないと悟った月凪の青い瞳が、俺へ。


 瞬間、身を寄せていた俺は月凪を水中で抱き寄せる。

 背中で男女から月凪を守るように立ち位置を取れば、背中に彼らの腕がぶつかった。

 しかし、彼らはぶつかったことに気づいていないのか、俺たちのことなんて一瞥もせずに通り過ぎていく。


 危ないな、ほんとに。


「月凪、怪我はないか?」

「私は珀琥が守ってくれたのでなんとも。珀琥こそ大丈夫ですか? 腕がぶつかったように見えましたけど」

「あれくらいじゃびくともしないって」

「それならいいのですが……周りにはもう少し気を付けて欲しいものですね」

「全くだ」


 月凪の苦言は当然の主張だと思う。


 ここはプライベートスペースじゃない。

 公共の場で、周りには色んな人がいる。

 しかもプールという身体の自由が普段より制限されている場所だ。

 ふとした瞬間に怪我をさせたり、溺れたり……そういう事故に繋がる可能性もあるのに、注意を払わないのは傲慢な考えだと思う。


「でも、私のことは珀琥が視ていてくれますから。今だって声を上げる前に助けてくれましたし」

「約束したからな。折角のプールなんだから、楽しい思い出にしたいだろ?」

「珀琥くんの言う通りだね。かっこよかったよ」

「流石は清明台のバカップル。プールでもお構いなしに見せつけてくれるじゃん。助けた拍子にプールで抱き合う男女。何も起こらないはずがなく――」

「起きないだろ。月凪も急に抱き寄せて悪かったな。もう大丈夫だろうし離れるから」


 動揺を顔に出さず、月凪から離れようとするも、俺の腰を月凪の手が引き戻す。


「待ってください。しばらくこのまま流されませんか? また同じようなことがあったら危ないですし……」


 それに、と。

 肩すらも触れ合わせながら、月凪が上目遣いで囁く。


「私のこと、もっと見て欲しいです。彼女の水着姿なんですから、じろじろ見てもばちは当たりませんよ?」

「……じゅうぶん過ぎるくらい見てるっての」


 ―――

 見て触れて焼き付けていますとも

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