第46話 一つだけ完全に言い忘れていたことがあるのですが

「夏だ! プールだ! 青春だーっ!」


 四人で決めた夏休みの某日。

 元気のいい花葉の声が響くのは、今日の目的地であるレジャープール施設の前だ。


 今日も今日とて真夏日でとても暑い。

 四人の格好も気温に合わせて涼しげだ。


 俺はカーゴパンツにTシャツだし、月凪は清楚感漂う白のワンピース。

 月凪の髪はプールに備えてお団子にしてある。

 花葉もTシャツとデニム生地のショートパンツで、燐も俺と似たような感じだ。


 俺と燐は男子だから置いておくとしても、月凪と花葉の格好は性格が表に出ているようで見比べると面白い。

 けれど、どちらも整っていて可愛いからか、ここに来る間もかなり見られていた。


 この二人が水着に着替えたらどうなるのか想像もつかない。

 ……格好の良し悪し的な意味じゃなく、周囲の注目の方がな。


 月凪は試着しているのを見ているし、花葉も似合わないことはないはず。

 解放的になった奴が寄ってこないとも限らない。

 俺と燐で追い払えるといいんだが……なるべく離れないように心がけよう。


 それはともかくとして、プールはどうやら盛況らしい。


 入っていく人の多くは学生か家族連れ、恋人っぽい男女がほとんどを占めている。

 ……まあ、こういうプールに一人で来る人は滅多にいないか。


「……こんなに暑いのに、どうして樹黄さんはそんなに元気なんですか?」

「なんでって言われても……みんなで遊びに行くのが楽しいから?」

「僕も花葉さんの気持ちはちょっとわかるかな。白藤さんの言う通り暑いけど、こうやって遊びに行く機会は滅多にないから楽しまないと」

「燐は部活で忙しいって言ってたからな。花葉も誘ってくれてありがとう。俺と月凪だけだと、ほぼ間違いなく夏休みは引きこもり生活になってただろうから」

「いいのいいの! あたしがみんなと遊びたかっただけだし」


 笑いながら花葉は言うけども、そのおかげでこういう機会に恵まれた。

 友達なのはわかってるつもりだけど、長年の積み重ねのせいか、どうしても自分から誘うのには抵抗感がな……。


「というか、夏とプールで青春って安直すぎないか?」

「えー? その通りじゃない? 夏に一緒にプールに行くくらいの仲なら青春出来るでしょ、って思ってるんだけど」

「……一理ありますね。プールなら格好は必然的に水着に限定されます。そんな場所に男女混合で遊びに行くともなれば、それなりの関係であることが必要かと。なので結果的に青春と世間一般で呼ばれる現象に繋がるのではないですか?」

「この中だと珀琥くんと白藤さんがそうだよね」

「そゆこと。あたしとしのっちは二人のいちゃらぶを間近で眺めるためにいるんだから! 今日も期待してるよー!」


 期待されても困るんだが、と思いつつ、四人で施設の中へ入った。

 レジャープールらしくそこそこ高い入場料を支払い、男女で別れて更衣室へ。


 水着に着替え、防水のポーチに財布とスマホだけ用意。

 中にフードコートもあるから、昼食はそこで取ることになるだろう。

 にしても楽しみだな……友達とプールなんて初めてだし。


 燐の水着は俺と似たようなボクサータイプだが、上に防水のパーカーを羽織るスタイルみたいだ。

 泳ぐときはロッカーに預けるんだろう。

 俺もポーチを下げたまま泳ぐのはもしもが怖いから遠慮したいし。


 準備も整えたところで更衣室を出て、プールへ移動する。


 響いてくる沢山の声と、薄っすら漂う塩素の匂い。

 更衣室近くを探してみるも月凪と花葉の姿はまだない。


「プールってなんだか緊張するよね。意識過剰なのはわかってるんだけど、どうしても見られてる気がしてさ」

「燐が言いたいこともわかる気がする。けど、気にしなきゃいいんじゃないかな。お互い、だらしない体型してるわけでもないし」

「珀琥くんはがっちりしてるもんね。僕も部活で鍛えてるけど、身長はどうしようもないからさ」

「俺も二人も身長がどうこうなんて言わないって」

「わかってるつもりだし、そこまで気にしてはいないから大丈夫だよ。それより、二人はいつ頃来るかなあ」

「女性の準備は長いって話だから気長に待とう」

「そうだね」


 夏休みで会わないうちにあったあれこれを燐と話しながら二人を待つこと数分ほど。

 女子更衣室に繋がる廊下から出てきた二人を見つけ、思わず息を呑んだ。


 月凪の水着は家の風呂で見せてきたビキニではなく、胸元と腰を控えめに隠すフリルがあしらわれた淡い水色の水着。

 髪色も相まって全体的に白く儚げな月凪にとてもよく似合っている。


 花葉は黄色いビキニだが、胸元で布地が捻じれているやつだ。

 元気なイメージ通りのそれは月凪に勝るとも劣らず露出があって、つい視線が向いてしまうのを理性で引き戻す。


 いくら水着姿で見られること前提だとしても、じろじろ見るのはよくない。


「お待たせしました。少し時間がかかってしまってすみません」

「んや、いいって。そういうものだろ? 燐と雑談してたから問題ない」

「そうそう。というか……二人とも、中々大胆だね?」

「こんな機会滅多にないんだからいいじゃん! それより……あたしたちの水着姿に何か言うことないの?」

「そうですよ、珀琥。この水着は見せたことがなかったはずですし」


 微笑む月凪と、得意げに尋ねてくる花葉が言いたいことは伝わった。


「月凪も花葉も、どっちもすごく似合ってるよ」

「二人とも可愛いから似合うと思ってたけど、想定以上って感じかな」

「ありがとうございます。まだ、ちょっとだけ見られるのは恥ずかしいですけどね」

「あたしもなんか改まって褒められると照れるねえ。あ、言っとくけど、プールに誘う男子なんてくわっちとしのっちくらいだからね?」

「誉め言葉と受け取っておくよ」

「僕までそう思って貰えてるのは嬉しい限りだね」

「その代わり、二人にはちゃんと男除けになってもらうから覚悟しておいてよ?」

「それくらい喜んでやるさ」

「僕で男除けになるのかわからないけど、頑張るよ」

「それじゃあ、今日は沢山遊ぶぞーっ!」


 おーっ! と声が重なって、俺たちは荷物を預けてからプールへと繰り出そうとした――のだが。


「あの、一つだけ完全に言い忘れていたことがあるのですが」

「どうした?」

「私、実は泳げないんですよね」


 すみません、と申し訳なさそうに頭を下げる月凪へ、俺も含めて三人とも苦笑を浮かべていたのは言うまでもない。


 ―――

 当然、金づち

 こういうプールなら泳げなくても楽しめるからしょうがないね

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