第45話 最後に一度だけ聞きますけど

 夕食の後は二人で片付けも済ませ、先にお風呂を貰うことになった。

 基本、長風呂の月凪より俺が先に入る順だ。

 その方がお互い遠慮なくお風呂を使えるだろう。


 お湯は俺が上がってから新しく張り替えている。

 月凪は「構いませんよ」と言っていたけど、俺としては少々気にしてしまうわけで。


 てことで、今日もいつもと同じく湯に浸かる前に髪から洗っていたのだが――


「――珀琥。お聞きしたいことがあるのですが」


 風呂の扉が控えめにノックされて、そんな声が響いてきた。


 瞬間、なぜか覚えてしまう嫌な予感。

 それが気のせいであることを願いつつ「どうした?」と返せば、数秒ほど沈黙を挟んで……背後で扉が開く音が聞こえた。


 背中を撫ぜる、部屋のひんやりした空気。

 水気を帯びた足音が一つ。


 音に釣られて顔だけ振り向けば、シンプルな黒一色のビキニを着こなした月凪が目の前に佇んでいた。

 それは恐らく、今日買ってきたばかりの水着だろう。


 照れは感じているのか、頬にはほのかな赤みがさしている。

 所在なさげに視線を下の方で彷徨わせながらも、身体を隠そうとする素振りが一切見られないのは、見て欲しいという意思表示か。


 ……本当に俺が考えていた通りのことをするとは。


「…………水着、似合っていますか?」


 囁きがちに尋ねてくる月凪。

 俺へいろんな角度で見せるためか、その場でゆっくり回る。


 惜しげもなく晒される肌の白が、途方もなく眩しい。


 再び正面に俺を見据えたところで小首を傾げる月凪へ「……似合ってるよ」と絞り出すように心からの一言を送った。


「それより……水着を選んでる時からこうするつもりだっただろ」

「バレていましたか。でも、ちゃんとした理由があるんですよ?」

「一応聞こう」

「実際に水着を着ておかないと何か不備があるかもしれません。かといってお部屋で水着を着るのは……なんだか妙な恥ずかしさがあると言いますか。なので、身近な水場であるお風呂ならと考えたわけです」

「……理屈に納得はするが、見せるだけなら俺が風呂に入ってるときじゃなくていいだろ。わかってると思うけど、俺は裸だぞ?」


 顔だけで振り向いているが、俺は風呂に入るため当然のように裸だ。

 つまり、ふとした瞬間にそれが見えてしまう可能性があるわけで。


 流石にそれはどうなんだと苦言を呈すると、月凪の視線が斜め下……俺の顔を過ぎ去って、奥へと向く。

 その先にあるのは、月凪からは見えないはずのそれ。

 しかし、その視線も数秒のことで、ぱっと逸らしてしまう。


「あの、ですね。私は珀琥の裸を余すことなく鑑賞しようだなんて思っていたわけではなくて、むしろ私のことを見て欲しかったと言いますか、どうせ水着なら私が見られる分には問題ないと思っていただけでして、決してそういう疚しい意図はなかったものと主張させていただいてもいいでしょうか……?」


 月凪はかなりの早口で捲くし立て、見下ろされているのに上目遣い気味に視線を向けながら顔を赤くしていた。


 これは語るに落ちた、ってやつではなかろうか。


 ……いや、考えるのはよそう。

 月凪が感じる羞恥よりも、俺が受けるダメージの方が大きそうだ。


「……わかってると思うけど、一応言っておくからな。俺たちの間に約束事があるとしても、俺の理性なんて信じないでくれ。月凪くらい魅力的な女の子がこんなことを仕掛けて来たら、簡単に崩れる程度の強固さしかないんだぞ」


 視線を月凪の肌から避け、顔だけを見ながら告げる。

 すると、月凪から羞恥の色が抜け始め、緩やかな笑みを浮かべた。


「それくらい承知の上ですよ。仮にそうなったとして、珀琥ならそこまで悪いことにはならないだろう……と思えるくらいには信頼しているんです。世話焼きで責任感が強い珀琥なら、私に手を出しても無責任に放り投げることはしないでしょう?」

「そりゃそうだけども、それとこれとは話が別っていうか」

「けれど……そこまで珀琥が言うなら、これ以上はやめておきましょうか。珀琥の反応を見たかったのは本当ですが、困らせるのは本意ではありません」

「……そうしてくれ。ほんとに、頼むから」

「逃した魚は大きいと思いますけどね。許されるなら髪を洗ったり背中を流すくらいのことはしていこうかと考えていたんですよ?」


 …………え。


 月凪から明かされたそれに、思わず俺は固まってしまう。


 水着を見せびらかすだけでは飽き足らず、そんなことまでするつもりだったとは。


「……漫画とかアニメの影響か?」

「それもあります。ああいうの、ちょっといいと思いません? 日常の中の非日常って感じで、引きこもっているだけでは足りない刺激を得られます」

「刺激的過ぎると思うけど、悔しいことにおおむね同意の立場を取らざるを得ない」

「でしょう?」


 ふふんと微笑む月凪。

 そして、何を考えたのか、月凪が耳元へ口を寄せてくる。


 すると必然、目の前に肌色の谷が迫ってきて――


「だから、その……最後に一度だけ聞きますけど、珀琥が望むなら髪を洗ったり背中を流すくらいはしていきますよ?」


 非日常の提案と、目の前の光景に、理性が揺さぶられる。


 それは流石にまずいのではと思う反面、興味をそそられてしまう自分が憎い。


 月凪が目にするのは背中だけ。

 俺も鏡越しで月凪を見ることになる。


 それだけなら間違いが起こる可能性は低いはず。

 いつもと同じ、俺が堪えればいいだけのこと。


 ……断じて誘惑に負けたとか、そういうのじゃない。


「……じゃあ、頼んでもいいか?」

「任せてください」


 息巻く月凪に髪と背中を洗われるのはとてもよかった、とだけ言っておこう。


 ―――

 大胆


 ちゃんと書こうかとも思ったけど後がつっかえているのでカット。

 水着回の本番はここじゃないのでね……

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2024年12月5日 07:06

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