第44話 もっと頑張れそうです
「さて、と。それじゃ、夕飯の支度するか」
「今日はハンバーグでしたよね。楽しみです」
水着を買いに行った日の午後。
家のキッチンで、月凪と一緒に夕食の準備に取り掛かろうとしていた。
兼ねてから月凪が希望していた料理の練習だ。
なので、月凪のスタイルも料理に備えたものへと変わっている。
後ろで一つ結びにした髪と、真新しい白いエプロン姿。
裾の方にデフォルメされた猫の刺繍がされていて可愛らしい。
そして、本人も調理に備えてか「具材を切る時は猫の手……」なんて呟きつつ、左手を丸く握っている。
月凪も言っていた通り、今日の夕飯はハンバーグの予定だ。
工程を簡単にまとめると具材を切って肉だねを作り、成形してから焼くだけ。
ソースや付け合わせの準備は俺がするので、月凪がするのはハンバーグ自体を焼くまでの一連の流れ。
難しいわけではないものの、慣れていないと苦労しそうな箇所はいくつかある。
俺も求められれば手伝うつもりでいるが、出来る限り月凪に任せると決めていた。
「まずは玉ねぎのみじん切り……早速難しいけど、やれそうか?」
「頑張ります」
「その意気だ。でも、安全第一で頼む。他にもコツというか、注意点だけ伝えておくと、泣きそうになっても玉ねぎを触った手で目に触れない方がいい。余計沁みるから」
「……私が泣いたら珀琥が涙を拭ってくれますか?」
「いいけどさ……」
邪魔じゃないか? と思いつつも答えて、早速取り掛かる。
でも、先に俺が玉ねぎの皮を剥ぎ、へたの部分を切り落とす。
丸いと切りにくいからな。
怪我をされても困るし、これくらいはいいだろう。
さらにそれを半分に切り分けてから、半分だけをまな板へ。
もう半分は別で使うつもりだ。
月凪に代わってもらうと、左手で作った猫の手をおもむろに添えた。
包丁を恐る恐る近づけ――ざく、と小気味いい音が響く。
玉ねぎはみじん切りだから綺麗に切る必要はない。
事前に伝えてあるからか、月凪もあまり気にせず切り続ける……のだが。
「……玉ねぎってこんなに沁みるんですね」
早くも月凪の両目には涙が滲んでいた。
間隔の長い瞬きをしながら涙を堪えようとしているが、止まらない。
「涙拭くぞ」
「すみません、お願いします」
一旦手を止めた月凪の涙を俺が拭く。
……まるで俺が泣かせたみたいじゃないか?
考え過ぎなのはわかってるけども。
というか、泣いてる姿すら絵になるな。
容姿が整っているからか、はたまた――なんて考えつつも拭き終わると、月凪はみじん切りを再開する。
月凪の手が再び止まったのは数分後のこと。
まな板の上には多少粗いながらもみじん切りになった玉ねぎが広がっていた。
「こんなもんだろう。よくできたな」
「ありがとうございます。もう少し細かくできそうですけど……」
「粗いなら粗いで食感のアクセントになるからいいんだよ。んじゃ、玉ねぎはあめ色になるまで炒めようか」
続いて肉だねに入れる……前に、玉ねぎを炒める工程だ。
個人的には炒めた方がコクが出る気がするから毎回やっている。
油をさっと敷いたフライパンでみじん切りにした玉ねぎを弱火でじっくり炒める。
焦げ付かないよう適度に散らしつつ、あめ色になったところでボウルへ移した。
その後、買ってきたひき肉や調味料と混ぜ合わせ、肉だねを作る。
これも混ぜるだけだからか、月凪に苦戦した風はなかった。
傍らで俺もソースや付け合わせの準備を整えていた。
ソースは市販のデミグラスを使うからいいとして、付け合わせは定番の人参とジャガイモとすることにした。
グラッセって言うんだったか?
バターを敷いたフライパンに一口大に切った人参とジャガイモを入れて加熱。
水分が飛ぶまで混ぜながら熱して完成だ。
続いて小鍋でスープも作る。
今日はポトフ風のコンソメスープだ。
具材は他でも使った玉ねぎと人参、ジャガイモ、それからウィンナーを少々。
こっちは茹でてコンソメを入れて待つだけなので放置。
そんなことをしている間に月凪も肉だねを作り終えたらしい。
しかし……この先が一番の問題だと俺は思っている。
「次は成形だな。肉だねをハンバーグの形に整える。適度に空気を抜かないと形が崩れるから頑張ろう」
「私の不器用さで出来ますかね?」
「失敗したっていいさ。いずれ出来るようになる」
「……ですね。その意気でやってみます」
自信なさげだったが、月凪はおもむろに肉だねを手に取った。
一人分のそれを楕円状にしつつ空気を抜く。
ぎこちない手際ではあるものの、空気はそれなりに抜けているだろう。
都度、崩れた形を整え、月凪も納得の出来栄えになったところでトレイに置く。
この際だから俺の分も作ってもらい、二人分揃ってから再度油を敷いたフライパンで焼き始めた。
肉が焼ける匂いが漂い始めるキッチン。
月凪はフライパンから目を離そうとせず、どこかそわそわとした面持ちだ。
「そんなにすぐは焼けないぞ」
「……わかってますけど、失敗するのが怖くて」
「多少焦げても食べれるって。炭レベルだと怪しいけど、その前に俺が止めるから」
気を張り過ぎても仕方ない。
けれど、失敗したくない気持ちはわかるので、俺もポトフを作りながら隣で眺める。
片面を弱火でじっくり焼いてから、具合を見るべく月凪がおっかなびっくり裏返す。
すると、丁度良く焼けていて、ほっと一息漏らしていた。
同じように両面焼き、その後でデミグラスソースと一緒に煮込んだら完成だ。
折角だから盛り付けも月凪にやってもらうことにした。
平たい皿の中心にハンバーグを乗せ、隣に付け合わせの人参やジャガイモを添える。
ポトフやご飯も用意して、テーブルへ運んだ。
「食べるまでが料理だからな。実食してみようか」
「そうですね。美味しくできているといいのですが……」
「見たところ失敗している様子もなかったし、大丈夫だと思う」
料理は分量と手順さえ間違えなければそれなりの味になる。
今回は俺も見守っていたから、途中で失敗することもなかった。
いつものように食卓に着き、いただきますと二人で口にした。
そのまま二人揃ってハンバーグを食べてみる。
ハンバーグを割ってみると、中までちゃんと焼けていた。
透明な肉汁も溢れ、デミグラスソースと混じり合ってとても美味しそうだ。
一口大に分けてから、月凪と目を合わせて口へと運び――
「「美味しい」」
率直な感想が二人分、重なった。
そこでやっと月凪が頬を綻ばせ、笑みを浮かべる。
含まれているのは安堵や達成感だろうか。
ずっと苦手としていたことだからか、その想いもひとしおだろう。
「……本当にありがとうございます、珀琥。私、こんなに美味しい料理を作れるとは思っていませんでした」
「大袈裟だな。月凪なら教えたら大体のことは出来るだろ。不器用だけど、学校の成績を見る限り要領は悪くないどころかめちゃくちゃいいし」
「どうしても苦手意識が拭えなくて……でも、今日のことで、少しは自信がつきそうです。いずれは一人で作れるようになりたいですね」
「焦らずゆっくりやっていこう。時間はまあ、それなりにあることだし」
「そうします。それに、作った料理を食べてもらえる嬉しさも知れたので、もっと頑張れそうです」
そんな話をしながら、あっという間に完食する。
月凪の初めての手料理が大成功で終わってよかった。
けれど、月凪が料理を身につけたら俺が作る機会も減るのかと考えると、ちょっと惜しいなとも思ってしまう。
それ以上に月凪の手料理を食べられることの方が嬉しいけどな。
―――
世話焼きなりの苦悩
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