第43話 お楽しみに取っておいてください
「水着を選んだ経験がないので、どれがいいのかわからないんですよね。並んでいるラインナップを見たらビキニが無難なことくらいはわかるのですが」
「種類的には一番多そうだよな。次いでワンピースってとこか?」
「とりあえず良さそうなものを選んでみましょう」
月凪が言いつつ、並んでいる品々から適当に取っていた。
水着。
月凪とも話した通り、下着同然の布地面積しかない衣服に囲まれる環境は、疚しい事情がないにしても気まずさを覚えてしまう。
……こういう時こそ平常心だよな。
深呼吸で気を静めて、月凪の後をついていく。
何度か意見を求められ、その度に思ったことをそのまま伝えた結果、月凪は数着の水着を抱えていた。
まだ買うとは決めていないながらも候補には入っているのだろう。
「そういえば、水着の試着はできるのでしょうか」
「出来るはずだぞ。直接じゃなく、下着の上からだったはずだけど」
「だったら試着してみた方が早そうですね」
試着室を探し出した月凪が、店員さんに断りを入れてその中へ。
一人残された俺は月凪が出てくるのを待つことになったのだが。
「……完全に不審者だよなあ、これ」
女性用の水着売り場に一人残された男の俺。
周りが女性ばかりなのは当然として、試着室前にいるのは疚しい目的があるのではと疑われてもおかしくない。
もちろんそんなことをする気はないし、疑われたくもないので意図的に試着室から離れて視線も逸らしているけどさ。
それはそれとして……普通の服での試着ならまだしも、水着のそれは色々ハードル高いと思うんだ。
だってさ、試着が済んだら月凪が水着姿で出てくるってことだろ?
意見を求めるためとはいえ、水着姿で。
いや別に水着が良くないと言い張るつもりはないけども。
水場じゃないのに水着姿なのが変な背徳感を醸しているのだろうか。
そういうことにしておいた方が平和的な気が――
「珀琥、そっぽ向いてどうしたんですか?」
試着室の扉が開いた微かな音。
背後からかかった声を聴いて振り返れば、水着を試着した月凪の姿がいた。
着ていたのはシンプルな純白のビキニ。
それ以上を語ることがないくらいのシンプルさだ。
惜しげもなく晒される月凪の肌。
なだらかなくびれを描く腰のラインと、ほっそりとした脚線美に思わず視線を奪われてしまう。
水着のシンプルさがスタイルの良さをさらに際立たせている気がする。
けれど、水着の端々から下につけたままの下着の桃色がほんの僅かに見えていた。
「……一人でいると不審者扱いされそうだったからさ」
「そんなことさせませんから安心してください。私がいくらでも庇いますから。……それで、どうですか? 似合っていますか?」
照れを表情に滲ませながら月凪が聞いてくる。
それが羞恥とは違う感情なのは、俺にもわかった。
多分、これは下着が見えていることに気づいていないやつだ。
指摘するべきか否か迷う。
後から気まずくならないためにも、言っておいた方がいいんだろうな。
とはいえ、だ。
月凪の水着姿が似合っているかどうかなんてわかりきった話。
「めちゃくちゃ似合ってるよ。純白の天使が現れたのかと思ったくらいだ」
「……天使だなんて、そんな誉め言葉をどこで覚えてきたんですか?」
「さあな。それと……水着の試着はやっぱり一人でやってもらった方がいいと思うんだよ。見るのが嫌って話じゃなくて……ちょっと見えてるからさ、下着が」
逆に視線だけを合わせながら答えれば、月凪はキョトンと目を丸くして自分の身体を見下ろし、「なるほど」としみじみした風に呟く。
「これはどうしようもなかったんですよ。でも、試着するなら下着は付けておかないとダメですし……仕方ありませんね。珀琥からの誉め言葉はもらえましたから、後は当日聞かせてもらうとしましょう」
月凪からは下着を見られたことへの羞恥や嫌悪が一切感じられなかった。
確かに月凪が風邪を引いたとき、誤魔化しようがなく見たけどさ。
その感覚が常態化するのは良くないのではと思ってしまうわけで。
「ああでも、最終的に選んだ水着が本当に似合っているのか心配なので、家でもう一度試着してみましょうか。買った後ですし、下に下着を着けていなくても大丈夫ですからね」
「……それ、どっちにしてもやるつもりだったんじゃないか?」
「どうでしょうね」
またしても含みのある返答だ。
……家でも試着をすると明言したなら、月凪はするだろう。
問題はどこでするのかってこと。
テストの時のメイド服的なノリならまだいいけど、水着もやや特殊な服装だ。
その上、夏休み中は月凪と同居生活をするわけで。
それらの要素を踏まえると、狙われる可能性が高い場面の予想くらいは立てられる。
……覚悟の準備だけはしておこう。
俺じゃあ止められないだろうし、月凪も止められないタイミングを選ぶはず。
「というか、サイズだけ確かめたら全部買えばいいんじゃないですかね。正直、お金の心配はしなくていいですし」
「それ言ったら元も子もないだろ。あと、お金は大切に使いなさい」
「わかっていますよ。言ってみただけです」
なんて話してから、月凪はしばらく試着室に籠っていた。
十分ほどしてから出てくると、
「決めました」
「そりゃなにより。どれにしたんだ?」
「お楽しみに取っておいてください。その方が楽しいでしょう?」
選ばなかった水着を戻しつつレジへ向かう月凪を見送り、俺は店の外へ。
楽しみは後に取っておくのは賛成するけど……やっぱり何か企んでいそうだ。
―――
一体何をする気なんやろなあ(すっとぼけ)
本日12時からカクヨムコンが始まります!
本作も応募しますので応援していただけると嬉しいです!
新作もそのうち出せるようにするので……ハイ(まだ0文字の顔)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます