第31話 学校で息子になんつーこと言ってんだよ

 月凪から相談を受けた日から数日経って、三者面談の日。

 午前で授業を終えた俺と月凪は、面談まで時間を潰すべく図書室に居座っていた。


 周りには俺たちと同じように時間を潰している生徒が何人かいる。

 ここにいるのは帰宅部か部活が休みの人ばかりで、外や校舎内からは部活動と思しき掛け声や音がいくつも響いていた。


「あんまり緊張するなよ、ってのは無理な話か」

「……そうですね。目の前にまで迫っているんですから」

「しかも面談初日の二番手なんてな」

「父のことなので仕事を遅れさせないように本来は昼休憩の時間を利用して移動し、面倒事を何よりも先に済ませ、一刻も早く仕事に戻りたいのでしょう」


 いつもより声量を落としながら、隣り合って座る月凪と話していた。


 それだけ聞くと仕事熱心な人のように思える。

 実際そうなのかもしれないが、そこまで簡単な話でもない。


「珀琥こそ私に合わせてよかったのですか? 初日のトップバッターなんて」

「俺はどこで入っても同じだしさ。母さんも都合がつく日だったから問題ない」

「ならいいのですけど」

「それに、ほら。月凪を一人にはしたくないし」

「……そういうところですよね。私としては本当に助かるのですけど」


 謎にジト目を向けられるも、こればかりは譲れなかった。

 月凪は父親が来ると知っただけであそこまで狼狽えていたのに、実際に会ったらどうなるのか全く想像がつかない。

 だから面談後はなるべく目を離さず傍にいられるように、俺が先に面談を受けて月凪を待つ形にしたのだ。


「今は楽しいことを考えよう。そうだな……夕飯のリクエストとかないか? 時間もあるから多少手間がかかる料理も作れるし」

「……ビーフシチューはどうですか?」

「了解だ。月凪は好きだよな、ビーフシチュー」

「珀琥が作ってくれた料理で初めて食べたのがビーフシチューでしたから。それが凄く印象的で、美味しくて……思い出補正かもしれませんけど、好きなんです」


 そうまで言ってくれるのは作り手として非常に嬉しい。

 ならば今日の夕飯はビーフシチューで決まりだな。

 面談終わったら材料買って帰らないと。


 なんて話していると、俺のスマホがメッセージの通知を告げた。

 相手は母さん。

 どうやら学校に着いたらしい。


「母さん来たみたいだから、そのまま面談行ってくる」

「私もついていっていいですか? ご挨拶をしたいです」

「……いいけども」


 ご挨拶って言い方に少しだけ引っ掛かりを覚えながらも、一人で残すよりはいいかと思って月凪を連れて昇降口へ。

 すると、そこで待っていた一人の女性が俺を見るなり、それはもうにっこりと笑みを刻んで歩いてきて、


「あら、月凪ちゃん! お久しぶりねえ。元気にしてた? うちの珀琥に何もされてない? 何かあったら遠慮なく相談していいからね!」

「お久し振りです、祥子さん。お元気そうで何よりです。珀琥にはいつもお世話になっていますよ。とても紳士的で、世話焼きで、毎日助かっています」

「それならいいんだけれど……それにしても月凪ちゃんは今日もお人形さんみたいで可愛いわねえ。お家に貰って帰りたいくらいよ」

「祥子さんこそとてもお綺麗です」

「まあ! お綺麗だなんて、嬉しいこと言ってくれるわねえ」


 息子であるはずの俺を差し置いて、あはあうふふと笑いながら月凪と立ち話を始めた女性こそ、俺の母である祥子。

 にぎやかなのはいいことだが、息子としては微妙な気持ちになってしまう。


「あのなあ……迎えに来た息子に言うことはないのかよ、母さん」

「えー? だって月凪ちゃん可愛いんだもの。それに、珀琥のことは一目見たら大丈夫かどうかくらいわかるからね。何年あんたの母さんやってると思ってるの」


 なんて言いつつ「ちょっと背伸びたわね」と頭に手を伸ばしてくる母さんを見て、懐かしさと安堵が胸を満たした。


「さてと。珀琥は面談いくわよ。月凪ちゃんは――」

「私は父を待つのでお気遣いなく」

「……心配事があったら遠慮なく珀琥を頼るのよ?」

「そうさせていただきます」


 母さんは月凪の微妙な感情の機微を感じ取ったのだろう。

 心配そうに声をかけると月凪も笑顔で答え、その後で俺を見た。

「大丈夫です」と言いたげな視線には、多少なりとも強がりの側面があるはず。


 俺も心配だったけど月凪を信じて一旦別れ、母さんと一緒に教室へ向かう。


「珀琥、ちゃんと月凪ちゃんの傍にいてあげるのよ」

「わかってる。今日はずっと離れないつもりだから」

「……そんなに進んでるの? ちゃんと避妊はしなきゃダメよ?」

「学校で息子になんつーこと言ってんだよ」


 今日は離れないってそういう意味じゃない。

 実の母親に俺が月凪とそういうことをしていると思われているのは本当に嫌だ。

 生々しいっていうか……恋人ならそういうこともするんだろうってのはわかるつもりだけど、現状本当にそういう関係ではないわけで。


 母さんが月凪を心配する気持ちもわかるけどさ。


 そういう場合、負担は女性側の方がどうやっても大きくなる。

 だから俺へ一応言っておいた、みたいな温度感だとは思う。


「てか母さん、今日は終わったらすぐ帰るんだって?」

「そうなのよね。折角だから月凪ちゃんと色々お話したかったんだけど、出来ないみたい。残念ねぇ」

「俺はいいのかよ」

「あら、やきもち?」

「違うわ」


 ……うちの母さんがいい人なのは認めるけど、ちょいちょいうざったく感じてしまうくらいは許してほしい。


 ―――

 あんなに心配だった息子が可愛い彼女捕まえてたらお節介にもなります

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