第23話 まだ恋人ですからね

「――止め! これより答案用紙を回収する!」


 三日に渡る期末テストの最終日。

 最後のテストを終える先生からの言葉が教室に響き、シャーペンを置きながら解放感に押し出されるように息を吐きだした。


 手ごたえは……ないこともない、という微妙なライン。

 掲げていた目標である上位五十人に届くのかは自信がないけど、やれるだけのことはやったという実感はある。


 ご褒美目的ではないにしろ、自分のためにもいい成績は取っておきたい。


 先生が順に答案用紙を回収していき、教室を出て行ったところでやっと緊張していた空気が弛緩する。

 話し声が聞こえ始め、俺の前に座っていた月凪もくるりと振り返った。


「お疲れ様でした、珀琥。手ごたえのほどは?」

「そこそこだな。月凪は……心配不要か」

「見直しはしましたけど、ケアレスミスがないとも限りません」


 事もなげに言ってのける月凪には、緊張どころか期待すら見受けられない。

 完全にフラットな感情でテストを終えたらしい。

 流石の学年一位様である。


「るなっち~!! アタシもだいじょぶかな……!?」


 そして、ここぞとばかりに泣きついてくるのは花葉。

 勉強をしてきても自信を担保する結果がないから不安なのだろう。


「きっと大丈夫ですよ。樹黄さんの努力は私が知っています。あの通りに解けていれば問題ないかと。問題用紙に解答を残していますよね? それを見ながら自己採点してみましょうか」

「ほんとにありがと……っ!」


 月凪の手を握りながら頭を下げる花葉に、俺と燐が顔を見合わせて苦笑を零す。

 いい点が取れていることを願うばかりだ。


「燐はどうだった?」

「いつもよりは良さそうかな。アレが本当にピンポイントで凄い助かったよ」

「だよな……なんであんなにぴったり当てられるんだか」


 今回のテストでも月凪が作った予想問題がばっちり嵌った。

 いくつか数字が変わっただけの問題や、ほぼそのまんまのものもあって、簡単に得点できることが多かった。


「では、見直しを兼ねた集まりでもしますか?」

「いいかもな。場所は……俺の家でもいいけど」

「お二人が良ければですけどね」

「アタシはいいよ!」

「僕も今日なら大丈夫」

「なら決まりか。帰りになにか摘まむものでも買っていこう。ついでに夕飯まで作ってもいいな」

「珀琥の料理は絶品ですよ。是非二人も食べていってください」


 四人ならカレーとかの方がいいか。

 好き嫌いもあんまりないだろうし。


「……二人とも、なんでそんな顔をしてるんだ?」

「いやさ……会話が所帯じみてるなぁって思って」

「アタシも同じこと思ってた」

「私たちはまだ・・恋人ですからね」

「変なとこを強調するんじゃない」


 でもまあ、人に言われると流石に実感するよなぁ。

 この会話を聞いてるクラスメイトは月凪が俺の料理を食べたことがあるんだな、程度にしか思わないだろう。

 けど、それが常態化しているとは思うまい。


 そんなわけで俺たちは四人で帰路に着き、最寄りのスーパーで思い思いのお菓子やジュースなんかを買い込んでから俺の家へ。


 テーブルを出してから一緒に買ってきた紙コップにジュースを注ぎ、前のように並んで座る。


「珀琥、乾杯の合図をお願いします」

「……俺がやるの?」

「家主を差し置いて他に誰がするんですか」

「言い出した月凪とか?」

「苦手だって知っていますよね」

「俺も苦手なんだがなあ」


 人の前に立つのは、どうにも気が進まない。

 避けられ続けてきた俺にそんな機会がなかったとも言うけど。


「えーっと……テスト期間が無事に終わったことを祝して、乾杯」


 紙コップを掲げて慣れないながらも乾杯の声を発すれば、三人がすぐに「乾杯!」と後に続いてくれる。


「乾杯をしたのはいいですけど、見直しはどうします?」

「楽しむためにも先にやっちゃおっか」


 ということで、まずは自己採点を済ませることになった。

 各々がテーブルに出した問題用紙に書かれた解答を月凪のそれと見比べて、点数を計算していく。


 俺の目標は50位以内。

 平均で80点くらいあれば届くだろうか。


 ちなみに月凪の平均点は95点以上。

 ほぼ満点であることを驚くべきか、月凪でも間違えることに安心するべきか。


 全員の五教科の点数が出揃ったのは、およそ一時間ほど後のこと。


 結果はというと――


「――やった……っ!! 全教科赤点回避っ!!」

「記入ミスの可能性もありますが、それさえなければ大丈夫でしょう。頑張りましたね、樹黄さん」

「全部るなっちのお陰だよ! よかった……!」


 心底嬉しそうに握りしめた両手を掲げる花葉と、それを褒める月凪。

 花葉の自己採点の結果は五科目とも50点前後で、花葉の目標である赤点回避は無事に達せられた。


「僕もいつもより高いね。60点くらいで、得意な現代文と世界史は80点近かったよ。これも白藤さんのお陰だね」

「大したことはしていませんよ。東雲さんは元々基礎ができていましたから」

「そう言ってもらえると嬉しいかな。珀琥くんはどうだった?」

「ギリギリ80点平均を超えるくらいだったな」

「え、すご! くわっちってめちゃくちゃ頭いいんじゃん!」

「これでも五十位以内は厳しいだろうけどな」

「満足していないみたいだけど、じゅうぶん凄いと思うよ?」

「私もそう思います。仮に達成できなかったとしても、珀琥がした努力はきっと次へ活かせますから」


 三人とも褒めてくれるけど、俺はどうにも喜びきれない。

 過去の傾向からして、これだと他の人が低くないと上位五十位は難しい。


「なんでそんなに気にしてるの? 親が厳しいとか?」

「ある程度の成績を取れとは言われてるけど、目標を達成できないのが悔しくてさ」

「あー……僕はちょっとわかるかも。でも、白藤さんが言うように、今回珀琥くんがした努力は無駄じゃないよ。努力をした成果云々よりも、努力をしたことそれ自体が大きな力になるはずだから」

「ともあれ、実際の結果が出て見ないとわかりませんからね。希望は捨てずに待ちましょう」

「そうするよ」


 意図せず全員に慰められる形になったが、そこまで凹んではいない。

 目標を達成できないのが悔しいだけ。


 ……いや、それもちょっと違うか。


 月凪と約束した手前、かっこ悪いところを見せたくなかったが正しいな。


「それと、私の個人的な感覚によるものですが、今回のテストはいつもより少し難しいように感じましたね。問題の比率が少し応用に偏っている気がしました。なので、平均点は落ちるんじゃないか、というのが私の読みです」

「……それ、満点近く取ってる月凪が言っても説得力ないんだが」

「私の目標は学年一位ですからね。多少難しくなったところで崩れる牙城ではありませんよ」


 ふふん、と得意げに笑む月凪は、やっぱりすごいってことだろう。


「それより自己採点も終わったことだし楽しもうよ!」


 花葉がテストの話を打ち切るべく声を上げ、コップを掲げる。

 それに俺たちも続いて、テスト勉強の疲れを癒すべく慰労会を過ごすのだった。


―――

今まで触れてなかった気がするけど食費とかは折半してる。ほぼ所帯なので(?)


一区切りまで待たずに星入れてくれてもいいんですからね(チラチラ)(ラブコメ週間八位まで上がって欲が出てきた)(もうちょい上の景色も見たい)

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