第22話 見ての通りラブラブなので

「この問題はここの数字をx、こっちをyに代入して――」

「……代入してどうなるの?」

「なるほどそこからですか」


 恙なく勉強会が始まったものの、内容自体は非常に険しいものになっていた。

 この勉強会が始まったきっかけは花葉。

 だから花葉が月凪に教えてもらう構図になるのだが、その進捗は芳しくないらしい。


 月凪は根気強く丁寧に教えているけど、花葉が赤点ギリギリと言っていた通りに理解度が追いついていないらしく、話が絶妙にかみ合っていなかった。

 花葉は申し訳なさそうにしているのだが、月凪には全く気にした素振りはない。

 わからないという自己申告が初めにあったから、どの程度まで理解しているのかを確かめている最中なのだろう。


「これは基礎から始めた方が良さそうですね。樹黄さんの目標は赤点回避と言っていましたが、基礎を完璧にすれば六割くらいは取れるはずです」

「……それだと平均点以下って基礎が出来てないってことにならない?」

「実際そうだと思いますよ。授業スピードがちょっと速めですから、みなさん復習が追いついていないのでしょう」

「俺も月凪に教えてもらわなかったら置いて行かれてたと思う」

「僕もギリギリだね。合間合間で勉強してなんとかって感じ」


 部活で忙しいはずなのに勉強も疎かにしていないのは本当にすごいと思う。

 赤点を取ったら部活に出れなくなるのもあるんだろう。

 燐は部活熱心だからな。


「……るなっち。私が頼んでおいてアレなんだけど、厳しかったら全然いいからね? 自分の勉強もあるだろうし」

「教えるのも勉強になりますから気にしなくて大丈夫ですよ」

「月凪は俺に教えるばっかりなのに学年一位維持してるから心配しなくていいぞ。どうなってるのかわからんけども」

「ええ……白藤さんって完全記憶能力みたいなのがあったりするの?」

「教えるほかにも自分で勉強していますよ。教えるには理路整然とした説明でなければ、教わる方もわかりにくいでしょう? そのために考えを整理するので、自然と理解度が高まるのかと思っています」


 月凪は俺の部屋で寛いでいるだけでなく、ちゃんと勉強もしている。

 体勢はいつもと変わらないのだが、それはそれ。

 やっていることが真面目なだけに不純な感情は不思議と混ざらない。


 ……すまん、本当はちょっと混じってるけど見ないことにしてる。


「ともかく、樹黄さんは基礎からやり直しましょう。わからないところが少しでもあったら迷わず教えてください。わかるまで教えるので」

「るなっち先生……!」


 茶番の気配を感じつつも、ここに来た目的は誰も忘れていない。

 マンツーマンになり始めた月凪と花葉をよそに、俺と燐も勉強を再開した。




「――さて、この辺で一旦休憩しましょうか」

「はーーーーっ! すっごい疲れた!」


 三時過ぎになったところで月凪が勉強を切り上げる旨の声を発すると、集中していた花葉も声を上げながら背を伸ばした。

 俺と燐も丁度いいかと手を止める。


 勉強の進捗自体は上々で、合間で俺と燐も互いの得意教科を教え合ったりしていた。

 月凪を真似て教えたつもりだけど、どうだろうか。


「花葉はどうだった?」

「何とかなりそうですよ。この短い時間に教えただけでも基礎は理解できていると思います」

「全部るなっちのお陰だよ! めちゃくちゃわかりやすいんだもん」

「僕も聞くだけ聞いていたけど、凄くわかりやすいんだろうなあって思ったよ。不明点を一つずつ潰していく感じだから、わからないまま先に進むことが無くなるんじゃないかな」

「かもな。しかも怒らず根気強く教えてくれるから変に緊張せずに済むし」

「……教えているのに怒らないのは当たり前じゃないですか?」

「そうでもないだろ。教える立場なのに『なんでわからないんだよ』って逆ギレする人は意外と多いと思うぞ」


 勉強じゃなくてもよく聞く話だからなあ。

 多分、月凪は良くも悪くも期待していないんだと思う。


 わからないならわからないなりの対応をするだけ。

 冷たくもあるけど感情に振り回されない分、いい結果になりやすいのかもしれない。


「ですが、変わらず油断はできません。テストまでの時間で教えられることには限りがありますから」

「五教科の基礎だけでも何時間かかるのって話だよね」

「最悪私が作った予想問題を元に山を張って頂く形になるかと。あとは自分で基礎問題を解くなりなんなりしてもらえば……」

「月凪の予想問題は結構当たるぞ。俺も毎回助けられてる」

「へぇ……そんなものまで作れるんだ」

「東雲さんにも作ったらあげましょうか?」

「そういうことならありがたく貰ってもいいかな」

「もちろんですよ。あんまり大っぴらに広められても困りますから、ここの四人での共有ということで」


 内緒ですよ、と口に指をあてる月凪に二人が頷く。

 月凪の予想問題があれば赤点は回避できるだろう。

 よくもまあ毎回あれほど精度の高い予想問題を作れるなと思うけど、本人曰く『授業を聞いていれば要点は把握できますので』とのことだ。


 天才ではないけど、人間としての性能が違うように感じてしまう。

 ……生活力とトレードオフだったりするのか?


 それならまあ、納得できないこともない。


「勉強のこともいいんだけどさ、ちょっと二人のことも聞かせてよ。ぶっちゃけどの辺まで進んでるのか――とかさ」

「それを聞いてどうするんだ?」

「だってさ、人の恋愛事情を聞くのって面白くない?」


 ……気持ちはわかるけど、直球で尋ねられると答え方に迷うな。


「え? 気になるのアタシだけ? しのっちも気になるよね?」

「気にならないわけではないけど、首を突っ込むのは気が引けるかなあ」

「それはそうなんだけどさぁ。……で、実際のとこどうなの? キスとか、その先とかまでいっちゃってたりするの?」


 花葉が目を輝かせて尋ねる先は俺ではなく月凪。

 恐らく俺は口を割らないと思っているのだろう。

 学校で関係を見せびらかしているのは俺より月凪の方だし。


 詰められている月凪はというと、意外とまんざらでもない風に小首を傾げながら考える素振りを見せ、


「珀琥とは健全なお付き合いをしていますよ。高校生という年齢の恋人がするであろうことは、おおよそ経験したと言っていいでしょう」


 自信ありげに胸を張って答えたのは、何一つ具体性のない内容だった。


 花葉が示したようなキスやその先のことは、高校生でも経験する人はいるだろう。

 しかし、俺たちは極めて健全な範疇の行為しかしていない。

 精々が抱き合ったり、最近泊まったくらいなものだ。


 月凪の裸を見てしまったのは事故だからな。

 ……刺激的過ぎて忘れられそうにないけど、それを話すとややこしくなりそうなので黙っておく。


「結局それどういうこと? もうちょっと具体的なやつ聞かせて!!」

「仕方ありませんね……実例を見せるので、それで満足していただけると」


 実例? と疑問に思ったもの束の間、月凪が俺へ両腕を伸ばしてきて――


「わっ」

「これは……」


 二人の声へ被せるように、月凪が俺を抱きしめた。

 片手は腰、もう片手は背に添えられ、月凪の顔が頬のすぐそばにあって。


 ほぼ同時に、頬を掠めた柔らかな感触。


 今のは唇が触れただけ……だよな?

 音もなかったからキスされたとは考えにくい。


 月凪の表情も窺えば、蠱惑的な笑みを浮かべていて。


「これくらいは日常的にしていますよ、とだけ」


 俺を置きざりにしたまま、したり顔で二人へ告げる月凪の顔はほんのり赤い。


 月凪も自分の唇が頬に触れたのをわかっているだろう。

 けれどそれをこの場で聞くわけにもいかないから、今は流そうとしている。


「……月凪、いきなり抱き着かれると危ないだろ」

「珀琥なら受け止めてくれると思っていましたから」


 それを言われると、俺は何も言い返せない。

 二人の前では恋人を演じる必要がある。


 なんにせよ、二人が帰ったら月凪に事故か故意かだけ聞いてみよう。

 怒ってはいないし、反応を見るに多分事故だけど。


「うひゃ~……ラブラブじゃん」

「二人の仲は心配しなくて良さそうだね」

「もちろんですよ。私たち、見ての通りラブラブなので」


 ―――

事故だけど故意/恋

掠めただけだからギリセーフ


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