第21話 冷静さを欠いているんです
「――こんにちは、珀琥くん。休日に会うのはなんだか変な感じがするね」
「今日はほんとにありがと……! アタシちゃんと真面目に頑張るから……!」
月凪と二人で昼食を済ませた後、午後になったところで予定通り燐と花葉が部屋を訪ねてきた。
燐も花葉も季節に合わせて涼しげな恰好をしている。
「こんにちは。今日は頑張りましょうね」
「暑いとこ来てもらってありがとな。取り敢えず中に入ってくれ」
二人を部屋に入れようとするも、しばらくじーっと俺たちを眺めて苦笑していた。
「なんて言うか……凄い自然に白藤さんが隣にいるんだね」
「もうこれ夫婦かなんかでしょ。一応聞くけど同棲してたり――」
「同棲はしていませんよ。お隣なのでほぼ珀琥の部屋に居座っていますけど」
「え、るなっちの家って隣なの!?」
月凪が明かせば、花葉は声を上げて驚いていた。
燐は声こそ挙げなかったが、表情の変化からして花葉と同じ気持ちだろう。
反応は予想通りだった。
付き合っていると公言している二人がマンションの隣部屋だったら、色々邪推もしたくなるのが人間の性だと思う。
けれど、二人は素直に驚くばかりで、疑う雰囲気がまるでない。
「へぇ……つまりここが二人の愛の巣ってこと?」
「それだと僕たちが入っていいのか本当に迷うところだけどね」
「そんな事実は一切ない。月凪が入り浸ってるのは事実だけど……色々あるんだよ」
ちらり。
月凪を横目で見れば、なぜか顔が赤くなっていた。
「愛の巣だなんてそんな。私たちは
「……学校であんなにいちゃついてるくわっちとるなっちが健全なお付き合いで留まってるのは普通に疑わしいんだけど?」
「あのなぁ……間違っても玄関先で話す内容じゃないだろこれ」
「珀琥くんの言う通りかもね。僕たちは勉強しに来たわけだしさ」
「それもそっか。続きは勉強が一段落してから聞かせてよ」
興味津々な花葉の視線。
まんざらでもなさそうな月凪に頼むから余計なことだけは言わないでくれよと心の中で願いつつ、話を切り上げて部屋へ。
午前中のうちに部屋の掃除は済ませてある。
見られて困るものは置いていないけど、二人を招くから綺麗にしておいた。
リビングに立ち入るなり花葉は興味深そうに部屋を見回していたけど、珍しいものは何も置いていない。
漫画本やゲーム機の類いは俺の趣味と思われそうだけど、それは月凪の持ち物だ。
「人数分の椅子がないからローテーブルで我慢してくれ」
「アタシは立って勉強してもいいけど?」
「……僕は集中できなさそうだけど」
「人によるとしか言えませんね」
花葉のそれは流石に冗談だったのだろう。
荷物を置いて、ローテーブルを囲むように四人が座る。
並びは時計回りで俺、月凪、花葉、燐の順。
月凪が近いけど今更なので気にしない。
……いやごめんやっぱり気になるわ。
腕が当たるくらいの距離は勉強の邪魔になると思うんだが。
「二人ってホントにラブラブカップルだねえ。熱すぎて見てるこっちが恥ずかしくなるくらいなんだけど。恋愛はよくわからないけど、ちょっと羨ましいかも」
「僕もここまでとは思ってなかったかな。これを見たら学校の男子たちは阿鼻叫喚だろうね。だからといって二人の仲を引き裂けるとは思えないけど」
「ふふっ、そんなに褒めても何も出ませんよ?」
「……お茶持ってくるか。少し待っててくれ」
「私も手伝います」
気恥ずかしさから逃げるついでにお茶を取りに立つと、月凪も着いてきた。
……運ぶだけなら大丈夫か。
二人でキッチンに立ち、人数分の麦茶をコップに注いでいく。
「私たち、ラブラブカップルに見えるみたいですよ?」
「……らしいな」
「不満がありそうな返事ですね」
嬉しそうな月凪と違い、俺はどんな反応をすればいいのか定められていなかった。
二人が言うような関係に見えるなら、それは偽装交際の目的を大いに果たしていることの証拠になる。
だから喜ぶべきなのだろうけど、実際の感情はそこまで単純ではない。
「珀琥は私のことが好きですか?」
「……嫌いじゃないし、どちらかと言えば好きに傾いているのは否定しない」
「素直に好きと言えばいいじゃないですか。好きにもライクとラブがあって、それぞれグラデーションがあるでしょう? 多かれ少なかれ珀琥は私を好きで、私も珀琥を好きなんです」
「そりゃそうなんだが、俺の好きがラブだと困るのは月凪だろ」
「リアリティが出るので珀琥ならいいと思います。もし本当にラブとしての好きだったとしても、迂闊なことはしないでしょう?」
俺が好きになるのを部分的にでも認めているのは、これまでの信頼から急に襲ったりしないと思われているからだろう。
もちろん俺も月凪の意にそぐわない形で襲わないように気を付けているし、信頼に反する最低の行為だと思っている。
けれど、それとは関係なく俺の理性が度々危険域に突入しているわけで。
本気で人を好きになったことがない俺は、どんな行動をするのか予想がつかない。
恋は盲目なんて言葉もあるくらいだ。
正常な理性や常識が通用するとも信じにくい。
「自分の感情を偽るのはおすすめしません。そのうち感情を隠すことに抵抗がなくなり、感情そのものが麻痺してしまいますから。珀琥と関係を築く前の私のように」
「それは俺も同じだ。月凪がいなきゃ嘘偽りでも人を好きだなんて言えなかった。言えても家族にだけ――」
そこまで口にして、やってしまったと言葉が止まる。
月凪相手に家族の話題は禁句だ。
つい流れで出てしまったそれをどう取り繕ったものかと迷っていると、仕方なさそうに月凪が笑っていた。
「気にしていませんから。家族を好きと言えるのはとてもいいことだと思います。私はそれすら望めませんが、いいんです。珀琥がいてくれれば――珀琥が私の好きを全部受け止めてくれるだけで、満ち足りているんですから」
その言葉に嘘偽りはないのだろう。
月凪と家族の間に何があったのかまでは、まだ聞いていない。
誰しも他人に立ち入って欲しくない領域はある。
それは、俺も同じこと。
互いに話を聞くくらいは出来るけど、根本的な原因解決にはならない。
月凪の精神は強そうに見えて、かなり脆いと睨んでいる。
だから偽物の彼氏である俺にまでこんな感情を……依存をしているのだろう。
悪いと突っぱねることは今更できない。
引き受けたのは俺で、歪んだ関係になるまで対策を講じなかった俺にも責任がある。
けれど、一番救えないのは偽物でも俺を好きだと……信頼してくれる月凪を他ならない俺が手放したくないと思っていること。
依存しているのは月凪だけじゃなく、俺も同じ。
「だから、珀琥も私を好きでいてくれたらとても嬉しいです。その感情だけは隠さず伝えてくれたら、余計なことを考えずに済みますから」
「……善処するよ」
「愛してるでもいいですよ? 情熱的に抱きしめて、耳元で囁くんです。もしかしたら本当に恋に落ちてしまうかもしれませんね」
蠱惑的な笑みを浮かべ、挑発してくる月凪。
俺にそこまでにことは出来ないと思い込んでいるのだろう。
「はぁ……じゃあ、するか」
「え」
ため息と共に月凪へ向き直れば、表情がぴしりと固まった。
そんな月凪の反応を内心面白がって精神的な余裕を確保しながら抱き寄せる。
絡みつく体温と、柔らかさ。
吸い込んだ空気に混じる甘い匂いに理性を揺さぶられながらも、形のいい耳へ顔を近づけていく。
「な、え、ちょっ、珀琥っ」
完全に慌てた風な声が聞こえたもののお構いなし。
先に誘ったのはそっちだし、お灸をすえるためにも止まらない。
片手で耳もとの髪を払い、口を寄せて。
「――愛してるぞ、月凪」
「はうっ……」
柄にもないセリフを作った声で告げれば、月凪の口から蕩けた呟きが溢れた。
顔は真っ赤に染まり、澄んだ空色の瞳は恍惚とした風に細められている。
身体から力が抜けてしまい、俺へ完全に身体を預ける月凪を支えながら思う。
……もしかしなくても喜んでる反応だよな、これ。
これで喜ばれるのは……ちょっとどころか、かなり困る。
明確に意識されていなきゃ、こんな反応にはならないはずで。
「…………珀琥。もう一回お願いしていいですか。突然のことで受け止めきれなかったうえに、冷静さを欠いているんです」
「馬鹿なこと言ってないでお茶運ぶぞ」
―――
攻撃力特化なので攻められると弱い
残されてる二人は珀琥と月凪が隠れてキスしてるんじゃないか~とか話してるけど、こいつらそれ以前の問題なんすよ
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