第18話 私がちゃんと付き合ってあげますから
昨日タイトル変更させていただきました
旧:偽装彼女が全然別れてくれない件
新:恋人のフリを頼んできた美少女がなぜか全然別れてくれない件
色々あってこっちの方がわかりやすそうだなーと。
今後とも応援よろしくお願いいたします!
―――
「――どうですか、珀琥。私の夏服姿は」
今日も今日とて朝早くに部屋を訪れた月凪は、半袖ブラウスとスカートという涼しげな夏制服姿を見せびらかしていた。
長袖から半袖ブラウスに代わり、露わになる肌の面積が多くなっている。
スカート丈は女子高生らしく膝上数センチをキープしていて、晒されている白い曲線美をいつもより眩しく感じてしまう。
いつもながら似合っているのだが、肌の露出が増えたことで目のやり場に困ってしまうのも事実。
「めっちゃ似合ってるけど防御力が心配だ」
「珀琥ってそればっかりですよね」
「いや、だってさ」
「珀琥もちゃんと男の子ってことですか」
「違っ……わない、けど。心配するのは勝手だろ」
クスクスと笑む月凪に気まずい思いをしながらも答えれば、そっと手が握られた。
「だったら珀琥が守ってくださいよ。私が指一本でも触れられないように」
「……仰せのままに、お姫様」
大仰に答えてやれば、またしても月凪はくすりと笑う。
そして、月凪と朝食を食べ終え、登校の支度を済ませてしまう。
俺も今日から夏服に変えようと思っていた。
朝のランニングで外に出て、いつもより暑いと感じていた。
もうじき七月……夏本番が始まるはずだが、梅雨らしい梅雨を挟んだ覚えがない。
これから降ることがあるのだろうか。
雨が降ると色々面倒だから、出来れば降らないでほしいけど。
そんなわけで夏服に着替えた俺は、部屋に置いている鏡の前に座った月凪の髪を整えていた。
日本人離れした白銀色で、ケアをかかさずしていることが窺える艶を帯びた長髪。
それをこんなにも気安く触っていいものかと、毎度のことながら思ってしまう。
「髪が長いと夏は暑くて大変そうだな」
「そうですね。でも、切りません。折角綺麗に伸ばしたのが勿体ないですし、短くしたら珀琥に髪を弄ってもらえなくなります」
「自分で髪を結うって選択肢はないのかよ」
「髪のアレンジは一つ結びしかできないくらい不器用ですし。あと、何度も言っていますけど、珀琥に髪を弄ってもらうのが好きなんですよ」
長髪を櫛で梳かしつつ、月凪のそれを聞き流す。
鏡に映る月凪の表情は言葉に違わず穏やかだ。
髪に関する一切を俺に委ねているかのように。
「今日のご注文は?」
「……では、今日はお団子にしてもらいましょうか」
月凪からの指定に「了解だ」と応え、長い髪が絡まないように気を付けながら結う。
腰ほどまでの長さの髪は相応の毛量がある。
それらの髪をかき集め、月凪の後頭部で一つのお団子として形成していく。
「ありがとうございます。やっぱりこれはすっきりしますね」
機嫌よさげに笑みながらお団子を触る月凪を、俺はじーっと眺めていた。
厳密には月凪の後頭部……の、すぐ下。
髪を上げたことで露わになった白いうなじを、纏められる長さではなかった後れ毛が申し訳程度に隠していて、独特の色香を漂わせるそれから目を離せない。
ごくり。
意識しないままに、生唾を飲み込んでしまう。
髪を結う時に指や手の甲が触れた時の感覚を思い出し、雑念が思考に滲んできて。
「珀琥、私のうなじがそんなに気になりますか?」
「……っ、いや、まあ、あんまり見える場所じゃないからさ」
「男の人ってみんな好きですよね。そんなにいいものだとは思えませんけど。浴衣とかならまだしも、制服姿ですよ?」
月凪との会話で雑念を払い、気を取り直す。
呆れた風に月凪は言うものの、うなじには謎の魅力があるのだ。
本能に訴えかけていると言われても納得する。
それが月凪ほど可愛くて……大切な人のものなら、どうしようもなく見てしまう。
髪も結ったからと振り返った月凪が、おもむろに脚を組む。
短い白のソックスだけを穿いた脚。
下になった脚の上で、太ももが柔らかさを強調するかのように僅かに潰れている。
そこに視線を誘われながらも理性で引き戻せば、蠱惑的な笑みが咲いていた。
「うなじよりも男子高校生的には見たい場所が他にいくつもあると思うんですけどね。脚とか、胸とか……スカートの中とか」
月凪が言いつつ、指先でスカートの裾を摘まむ。
僅かだけ影が晴れた太ももを反射的に見てしまい、くすりと心底楽しそうな――ともすれば揶揄っていることが丸わかりの控えめな笑い声が浴びせられ、胸が罪悪感で痛んだ気がした。
「……あんまり揶揄うなよ。本気にするぞ」
「そんなこと言って、目を逸らしてるじゃないですか。私が言い出さないときは胸とか脚とか見ているのもわかっていますし――全部、見ちゃった後じゃないですか」
「っ! あれは不可抗力っていうか、俺にはどうしようもないやつで……謝罪ならいくらでもするけどさ」
「そんなのいりませんよ。私は珀琥の彼女ですから、見たければご自由にどうぞ」
なんて言いながら、月凪が脚を組み替える。
人間は単純で、動いている脚へ自然と視線が引き寄せられてしまう。
スカートの影がほんの少しだけ明るくなって、その奥に別の色が垣間見えた。
それが何なのかは、月凪に示されるまでもなく理解していた。
「その代わり、他の人に見蕩れたりしちゃダメですから。珀琥の欲は私で解消してください。必要なら、もっと過激な格好でもなんでもしますよ?」
「……いや、なんで急にこんなことをしたんだ」
「夏って露出が増えるじゃないですか。薄着にもなって、身体のラインがより強く浮き出ます。女子のブラウスなんて簡単に透けますし……要するに、欲情する要素が格段に増えるんです。私は万が一にも珀琥がそういう感情に呑まれて、女の子に手を出す事態を避けたいんですよ。そのためには適度に欲求を発散しておくことが大事でしょう? そして、男性は女の子の
長々と言い聞かせるかのように告げる月凪だが、内容に理解が追いつかない。
……いや、わからないふりをしているだけだ。
意識をしたら、止められなくなるとわかっているから。
「…………いくら何でも明け透け過ぎるって思うのは俺だけか?」
「性欲は人間であるなら普遍的に備わっている欲求じゃないですか。みんな表立って口にしないだけで、心の内側に秘めていることです。けれど、それを恋人に向けるのは至極当たり前の行動でしょう」
「恋人って言っても偽物だし、そういうのはナシって契約を結んだ時に月凪自身が話してただろ」
俺たちの偽装交際にはいくつかの取り決めが存在する。
その一つが『性交渉、それに準ずる行為の禁止』だ。
偽物の恋人なのに、そんなことをするわけにはいかない。
妥当な内容だと俺は受け入れていたのに、言い出した本人の月凪がそれをひっくり返すのかと確認していた。
「……じゃあ、珀琥は他の人に目移りして、見蕩れたりしないと約束出来ますか?」
「当たり前だ。俺は月凪の彼氏だからな。偽物でも、そんなことはしない」
やけに神妙な眼差しの月凪に答えれば、無言の間が続いて。
「絶対ですからね。約束を破ったら針千本飲ませますから」
「怖いこと言わないでくれよ。破る気はないけども」
「それと、もう一つだけ」
脚を解いて立ち上がり、俺の肩に月凪の手が乗る。
屈め、という無言の指示に従えば、耳元まで月凪が顔を寄せ、
「――どうしようもなくなったら真っ先に相談してくださいね? 私がちゃんと付き合ってあげますから」
悪戯っぽく囁かれ、背を甘い痺れが走った。
その意味を察せないほど、鈍感ではなく。
「鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていないで、そろそろ行きますよ」
誰のせいだ、という文句が喉から出ることはなく、俺は荒波のような感情に揺さぶられながらも月凪の後を追うのだった。
―――
理解がある彼女(偽物)
夏服になったから気持ち強気な月凪さん
タイトル変更については昨日近況ノートの方でお知らせしていました。
そこでコメントがあったので一応答えておくのですが、タイトルの意味合い的には
・なんで別れてくれないんだろう?
・別れてくれないとちゃんと言えないんだけど?
の二つが主な部分です。
そりゃあね、偽装もいいけど本物の方が嬉しいからね。
こちらもお知らせしてあるのですが、一区切りまではほぼ書き終えているので毎日更新は続きます。
あと二週間ちょっとお付き合いください。
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