第19話 ちゃんと頑張っているからです

レビュー頂きました!!ありがとうございます!!


―――


「――るなっち!! 一生のお願いだからアタシに勉強教えてッ!!」


 俺たちが教室に着くなり、席にいた花葉が両手を合わせながら月凪に頭を下げてそう言った。

 なぜ勉強? と疑問に思うも、先に得心がいったらしい月凪が手を打つ。


「テスト前だからってことですよね?」

「そういうこと!」

「あー……もうそんな時期か」


 七月前の今、俺たちに迫っているのは学生の敵と呼ぶべきもの――テスト。

 これを越えなければ平穏な夏休みは過ごせない。

 赤点を取ろうものなら、夏休み中も学校に駆り出されて補習三昧だ。


 特に部活動に所属している生徒は死に物狂いで赤点を回避しようとする。

 学生の本分は勉強だからと、学校側が部活動への参加を制限するからだ。


「……樹黄さんってそんなに成績が危ういんですか?」

「あはは…………正直、毎回ギリギリで赤点回避してるレベル。奇跡的に取ったことはないけど、今回も取らない保証はないかなぁ……」


 頬を掻きつつ、照れくさそうに話す花葉。

 これは多分、マジなやつだ。


 けれど、花葉が頼る先は申し分ないと言えるだろう。


 月凪は入学以来、テストでは毎回学年首席の座を守り続けている。

 毎回廊下に張り出される成績に関わる教科は選択科目や実技系の筆記を除外した五科目――現代文・古文、数学、化学、日本史・世界史、英語だ。

 月凪は唯一実技系を苦手としているが、座学では右に出る者はいない。


「私でよければ構いませんけど……」

「いいのっ!? ありがと~っ!! るなっち大好きっ!!」

「ちょっ、樹黄さんっ!?」


 満面の笑みを咲かせた花葉が全身で感謝を表そうとしたのか、月凪に真正面から抱き着いた。

 月凪は焦った風に声を漏らしながらも、花葉を押しのけたりはしない。


 同性の友達からこんな風に接されるのが、月凪にとっては経験が薄いのだろう。

 俺が知る限りでは初めてだと思う。

 それくらい二人の仲が深まっているのは俺も喜ばしい。


 スーパー銭湯で会った時になにかあったのだろうか。

 女子同士で積もる話もあるだろうから俺は詳しく聞いていない。


「はーっ……るなっち、なんかいい匂いしない?」

「えぇ……? 香水などは付けていませんけど……柔軟剤とか、シャンプーとかの匂いかもしれません」

「今度何使ってるのか教えてよ! てか、夏服に変えたんだ! あっちいもんね~……アタシは結構前から夏服だけどさ」


 などと絡む二人を眺めながら、顔が良いのは得だよなとぼんやり思う。


 月凪は冷たい雰囲気ながらも、それを差し引いて美しさが勝る美貌の持ち主だ。

 誰もが元々抱いていた印象は冷たいものだったかもしれないが、今は時折笑みも見せるまでに和らいでいる。


 そして花葉は月凪とは真逆の活発で明るいギャル系で、太陽みたいな笑みが似合う女子だと思う。

 誰とでも仲良くなれるコミュニケーション能力こそ、花葉を誰もが受け入れる大きな要因になっている。


 そんな二人が平和的に絡んでいるだけで、場の空気が和むというもの。

 ここ一帯だけ空気が澄んでいる気がしてくる。


 ……やっぱ俺、場違いだよなあ。


「あ、みんなおはよう。なんだか楽しそうだね」


 そこへかかった、馴染みある四人目の声。

 月凪の隣の席に座った燐が、朗らかな笑顔でこっちを向いた。


「燐か……おはよう。今日は朝練だったのか? お疲れ様。暑かっただろ」

「今日はいつもより暑いと思うよ。一時間くらい動いただけで汗だくだったし……あ、ちゃんとシャワールーム借りてきて着替えもしたからね?」


 臭くないよね? と確認してくる燐に頷けば、ほっとした風に胸を撫で下ろす。


「夏の部活は大変だな。エアコンがない体育館で動き回るのは授業ですらきついのに」

「そこは慣れと適度な休憩が大事かな。これから暑くなったら熱中症にも気を付けなきゃだし。練習したくても倒れたら元も子もないから水分補給はちゃんとしてるよ」

「……朝からそんなに体力使ったら授業中眠くならないか?」

「なるけど、気合で我慢かな。テストで赤点取ったら部活に出れなくなっちゃうし」

「実はちょうどその話を花葉がしていたところでな」

「そうなの!」


 ぐるり。

 月凪と話していたはずの花葉が俺たちの間に入り、机に両手をついて前のめりに。


 目の前に現れた月凪のそれよりも大きな二つの膨らみに目線を奪われそうになりながらも、月凪と交わした約束を思い出して意識を逸らす。


 それだけで済めばよかったのに、俺を誘う月凪の姿まで浮かんでしまい――


「よろしければ東雲さんもご一緒に勉強会なんてどうですか? 無理に、とは言いませんけど」

「……僕もいいの?」

「もちろんですよ。場所は……そうですね、珀琥のお部屋を借りてもいいですか?」

「俺の? いやでもそれは――」


 本当にいいのかと、月凪に言葉を介さず視線だけで問う。


 なんたって俺と月凪の部屋は隣同士。

 俺の部屋で勉強会をやるとなれば、気付かれるかもしれない。


「安心できる場所、という意味で珀琥の部屋が一番なんです」


 それは俺の部屋を勉強会の場所に選んだ理由であり、無言の問いへの答えでもある。

 この二人なら大丈夫だと信用しているらしい。


 月凪が決めたなら、俺が断る理由はないか。


「それならうちでやるか。いつにするんだ? 燐は部活もあるだろうから休みの日になるだろうけど」

「アタシは日曜日だったら空いてるよ」

「僕もだね。テスト前は余程の事情がない限りは部活動自体が休みになるから」

「であれば日曜日にしましょう。珀琥もいいですよね」

「もちろん。二人には後で家の場所送る。……わかってるだろうけど、くれぐれも勝手に人に教えないでくれよ?」

「当たり前じゃん。アタシたちを何だと思ってるのよ」

「友達の個人情報を簡単にバラしたりしないって」


 念のため確認したのは二人を信用していないからではない。

 俺の家がバレると、芋づる式で月凪の家もバレかねないからだ。


 男の俺と違って女性の月凪が家を知られるのは色々な危険がある。

 生活圏で目撃されるのは仕方ない。

 けれど、マンションまで知られたらストーカー行為が容易になってしまう。


 セキュリティの関係で部屋まで立ち入られることがないとしても、マンションを出たところを襲われる――なんてことが起こってもおかしくない。


 まあ、月凪が一人で外に出ることの方が稀だけど。


「でも、ほんとに助かったよ! 神様仏様るなっち様! って感じ」

「まだ何も解決してないからな。月凪の手にかかれば赤点回避は余裕だろうけど」

「そこは樹黄さんの頑張り次第です。心配しなくても怒ったりしないので安心してください。ちゃんとわかるまで教えてあげますから」

「実はスパルタってことはないよね……?」

「優しくて丁寧だから怖がらなくていいぞ。そういえば、燐はその辺どうなんだ?」

「僕は全体的に平均くらいかな。現代文と世界史は得意かも。そういう珀琥くんはどうなのさ」

「前回は中の上くらいだったぞ。月凪に色々教えてもらってるからな。おかげで入学した頃より成績が上がった」

「それは珀琥がちゃんと頑張っているからですよ」


 月凪は褒めてくれるけど、まだ自分の結果に満足しているとは言い難い。

 学年一位に毎日のように教えを乞えるのだから、もっと上を目指すべきだろう。


 成績が上がれば進路もより良いものを選べるし……成績が原因で軽んじられるのは月凪に申し訳ないからな。


―――

優しくて丁寧にもなるでしょうよ頼られる機会なんだからさ

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