第13話 わたしだけのものなんですから
「アクション、恋愛、ホラーにSF……悩みますね。珀琥は何が観たいですか?」
スーパー銭湯の帰りにコンビニに寄ってから帰宅した俺たちは、月凪の要望通りに映画を観ようということになっていた。
いつものように月凪を抱える形でクッションに背を預け、月凪がサブスクの映画サービスに繋げたテレビの操作をしながら呟いている。
俺も月凪に誘われ、一緒に映画を観ることが多い。
だから流行の映画だけでなく、過去の名作もそこそこ観てしまっている。
「……恋愛以外で」
「なんでそこだけ除外するんですか?」
「退屈で寝そうになる」
まあ、嘘だが。
月凪と一緒に恋愛ものを観るのが気まずいだけだ。
以前、海外の映画を観ていた時に濡れ場が入ってな……あの時の空気といったらもう、最悪レベルだった。
月凪も顔を赤くしていたし、二人で観るには向かないジャンルだと思う。
「なら、ホラーにしましょう。私が抱き着くので寝られないと思いますよ」
「ホラー苦手なのに選ぶなよ……」
月凪はホラーが苦手だ。
パニック系も、オカルト系も、どっきり系も等しく苦手である。
なのに、月凪は映画を観るときにホラーを選ぶことが多い。
曰く「ホラーは苦手ですが恐怖の疑似体験は面白いと思います」とのこと。
けれど、一人で観るのは怖いから俺と観ているらしい。
……でも、毎回俺に引っ付きながら観るのだけはやめてくれないかな。
抱き着くってか、締め落とされるっていうか……月凪の力じゃちょっと苦しいくらいだけど、押し付けられる柔らかさの暴力が本当によくない。
しかし、俺に拒否権はないらしく、月凪が見繕ったホラー映画が流れ始めた。
大学生の主人公を含めた数人が肝試しのために廃村を訪れるオープニングから、これはオカルト系なのだろうと察する。
この後で色々な怪奇現象に巻き込まれるのがありがちな流れか。
だから驚くタイミングはなんとなくわかるのだが――
「なんで始まってすぐなのに抱き着いていらっしゃるんでしょうかね」
「いきなり抱き着いたら危ないので」
月凪は既にコアラのように俺に抱き着いていて、顔だけをテレビに向けている。
その手には道すがら立ち寄ったコンビニで買ってきたチョコレートの箱。
こんな時間に甘いものを摂取するのはどうなのかと買ってる最中に聞いたけど、「楽しむときに楽しまなくてどうするんですか」ともっともらしいことを言われたので指摘はしない。
あの酷い生活でも体型管理が出来ていた月凪には余計なお世話かもしれないが。
『お、おい、もう帰ろうぜっ!! この村絶対おかしいって!!』
焦った様子の青年が騒ぎ立てる。
彼が踵を返すと――目の前に足まで届くほど長い髪の女が俯いたまま立っていた。
女がゆっくりと、顔を上げる。
髪が逸れ、露わになった顔は……縦に大きく裂けていた。
しかも、裂け目が横に開き、黄ばんだ乱杭歯に透明な唾液を纏わせながら迫り――恐怖で呆けてしまった青年の頭を一口で噛み砕き、頭部を失った青年が倒れる。
「――――っっ」
その瞬間、抱き着いていた月凪が身を硬くしながら息を呑む。
力も強くなり、背中に張り付く指の感覚が鮮明になる。
しかも今日はよっぽど怖かったのか、顔まで胸元に埋めていた。
いつもなら顔だけは画面から離さないけど、これはホラーの種類の問題。
俺は初めの展開でオカルト系のホラーだと思っていた。
それは正しかったのだが、正確にはゴア表現多めのオカルトホラーだったらしい。
そして、月凪はゴア強めの作品は苦手としている。
いつもはちゃんと避けているけど、泊まりだからと浮かれて見逃したのだろう。
固まったまま動かなくなった月凪の背を撫でて宥めつつ、
「月凪、別のやつ観るか?」
一時停止してから聞いてみると月凪が顔を上げて……ふと、違和感を覚える。
色白な顔が、今は妙に赤い。
湯上りにしては時間が経っているし、帰ってきたときはいつもの白さだった。
照れているだけかと思ったが、どうにも目元が蕩けている気がする。
月凪は顔を上げてから、ぼーっと俺を見つめたまま動かない。
「…………はくと、こわかったので、ぎゅーってしてください」
媚びるみたいな、甘ったるい声。
脳髄から溶かされているかのような錯覚すら覚える、舌足らずな囁きに息が詰まる。
いくら月凪が甘えたがりでも、ここまで溶けていたことは一度もなかった。
出かけたりで疲れたのと、泊まりでテンションがおかしくなってしまったのかと思ったが、微かなつんとした香り……アルコールのそれを感じた。
まさかと思いつつ、とりあえず「ぎゅー、してくれないんですか?」と不安げな目で見つめてくる月凪を抱き寄せれば、嬉しそうに月凪も腕を背中に回してくる。
色々押し付けられる状況からは目を逸らしながら、目当ての物を探し当てた。
それはさっきまで月凪が映画を観ながら食べていたチョコレート。
コンビニで買ってきたそれのパッケージを検分すると、そこには案の定アルコールを含む旨の注意書きが記されていた。
「……嘘だろ? これだけでこんなふにゃふにゃになるくらい酔うのかよ」
俺も食べたことはあるが、全然平気だった記憶がある。
あんまり好きな味じゃなかったから自分から進んで食べることはないのだが。
含まれるアルコール量は本当に微々たるもの。
なのに、月凪は見事に酔っぱらってしまったらしい。
「はくと、すごくあったかいですよ……」
胸に頬ずりしてくる月凪になにかが目覚めそうになってしまう。
ただでさえ毎日のように甘えられて愛おしさが限界を叩いているのに、庇護欲まで掻き立てられたらまずい。
そこから先は綺麗なままではいられなくなる予感があった。
こんな月凪を人前で見せるわけにはいかない。
アルコールはどれだけ弱くても厳禁だな。
「はくと……わたし、こんなにはくとのことがすきなのに、どーしてなんにもしてくれないんですか……?」
理性の溶けた月凪が囁いたそれに、思わず思考が止まってしまう。
これは酔っぱらいの迷い事。
真実である保証はどこにもない。
……などと心の底から思えたらよかったのだが。
期待してしまっている自分がいる。
そうであってくれたらいいなと願ってしまう。
「わたしがにせもののかのじょだからですか……? そんなの、べつに、いいじゃないですか。にせものでもだいすきじゃなきゃ、こんなことしないのに」
抱き着いたまま、ぐりぐりと腰を押し付けてくる月凪。
柔らかで肉感豊かなそれが容赦なく理性を揺らす。
これは流石に、よくない。
こんなことをされたら、俺も反応してしまう。
でもだめだ。
絶対に、そんなこと――
「はくとはぜったい……ぜーーったい、わたしだけのものなんですから」
蕩けたまま言い切って、俺の存在を確かめるかのようにぎゅーっと抱きしめられる。
顔は胸に埋めてしまって窺えないが、それでよかったのかもしれない。
俺の顔は、多分酷いことになっているから。
高ぶっていた本能の火が消えていく。
代わりに、じんわりとした温かさを感じていた。
自分の心臓が奏でる鼓動がやけにうるさい。
こんなにうるさいと月凪を起こしてしまうんじゃないかと焦ってしまう。
心を落ち着けるべく月凪の背を撫でてやれば、すぐに静かな寝息が聞こえてきた。
「……おやすみ、月凪」
このことは胸の内に秘めておこうと心に決め、すっかり寝入った月凪を寝室に敷いておいた敷布団に寝かせるのだった。
―――
これは健全なので酔った勢いでチョコを口移しで食べさせるとかはやらないんだよね。……ちょっとやりたかったけど自重したよね。そんな風に初めてを消化したくないよね。
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