第8話 可愛い生き物
「……なんでそんなところで立ち止まっているんですか」
「男がレディース服の店に入るのは勇気がいるんだよ」
俺の目の前にはパジャマとは一味違う、彩り豊かで華やかなデザインの服が所狭しと並べられた店。
居心地が悪いんだよな、単純に。
レディースの服を扱っているから当然客は女性だけだし、男の姿は客の女性の恋人と思しき人が一人二人いるだけ。
そこに混じるとなれば、相応の勇気と精神力が求められる。
「一人ならともかく、私もいるじゃないですか」
「そりゃそうなんだが」
「私だけ見ていたら解決です。それとも、他の女性に目移りしてしまうとか?」
「……しないからその目をやめてくれ」
ジト目で睨まれたため、降参の意思を示しておく。
表情がいつものすまし顔で変わらないのに目の奥がマジなんだよな。
「ならいいんです。……彼女は私なんですから、そこのところをちゃんとわきまえてください」
「……そうだな」
妙な湿度の高さを感じたため偽装交際だろうとは言わず、素直に同意しておく。
すると、月凪が俺の手を引いて店の中へ誘う。
「てか、夏服って六月から売ってるんだな」
「売り始めはもう少し早いですよ。夏になってから夏服を買いに行くなら、そのときに着ていく服は一つ前の季節の服になってしまうじゃないですか」
「それもそうか」
「流行も考えなければいけませんし……ファッションは大変なんです」
「マネキン買い人間にはわからん苦労だ」
「
「機会があったらな」
実際、月凪の申し出はありがたく、俺に断るだけの理由はない。
そのうち訪れそうな未来の出来事を考えつつ、月凪から離れないようついて歩く。
こんな場所で一人になろうものなら精神的に石を投げられかねない。
場合によっては警備員を呼ばれたりする可能性もある。
一人で外歩いてると時々職質されるからな。
快く応じて話せばわかってくれるけど。
初めての時は本当に驚いたし、終わるまでずっと心臓がバクバクだった。
今では慣れ過ぎて平然と受け答えをするようになってしまった。
……嫌な慣れ過ぎるだろ。
それも月凪といれば信用度合いが違う。
誘拐かと疑われることもあったのだが、それはそれだ。
「私、夏ってあんまり好きじゃないんですよ。暑さや日焼け対策が必須ですし、汗もかきますし、服の露出が増えて鬱陶しい人目が増えますし、暑いし……暑いので」
「そんなに暑いの嫌いなのか」
「だって、どうしようもないじゃないですか。エアコンを効かせられる室内ならともかく、外は何をしても暑いんですよ? 薄着にも限度がありますし、室内と外の気温差で体調も崩れてしまうので」
月凪の意見にも一理ある。
服を着れば温かくなる冬と違って、夏の薄着には限界がある。
精々ハーフパンツとタンクトップやノースリーブくらいだろう。
でも、そこまで薄着にしても耐えられないくらい、最近の夏は暑すぎる。
対策をしていても熱中症になるし、地面のコンクリートは鉄板同然。
車のボンネットで目玉焼きを作る人もいるくらいだ。
出来ることなら夏場はエアコンの効いた部屋から出たくない。
……なんとなく夏休みの過ごし方が透けて見えた気がする。
「それはともかく、試着してきますね」
などと話している間に月凪が見繕った服を持ち、試着室へ。
一人残された俺は大変気まずい思いをするんですけど?
ていうか、ちょっと離れておこう。
こんなところに男が一人で立ってたら不審者だと思われかねない。
目の前にあるのは試着室。
女性が着替える場所であるからして。
……月凪も着替えてるんだよな。
「…………何考えてんだ、俺。そういうのは違うだろ」
浮かんでくる疚しい感情を意識の外へ追いやりつつ、待つこと数分。
「――いなくなったのかと思いましたよ、珀琥」
扉が開く音の後に、かかる声。
試着室から出てきた月凪は、夏らしい爽やかで肌色の眩しい服装に変わっていた。
露出が嫌だと言っていたはずなのに、トップスは肩とデコルテが覗く黒いオフショルダーのブラウス。
ボトムスは膝上丈のスカートで、細くも柔らかな脚線美を惜しげもなく晒している。
そんな服装を俺へ見せつけるように、くるりとゆっくり一回転。
「やっぱり肌が見えすぎですかね、これ」
「その感覚は俺にはよくわからんが、その丈のスカートは危うく感じる」
「制服もこんなものですよ。でも、これはスカートではなくキュロット……わかりやすく言い換えると構造はショートパンツで、外見だけがスカートのやつです。なので下着が見えることもありません。心配でしたか?」
「……まあ、それなりに」
悪戯っぽく聞いてくる月凪に包み隠さず答えれば、背伸びをした月凪が俺の肩に手を置いた。
意図を察して屈むと、耳元に顔を寄せてきて。
「――見たいなら、今夜にでも見せてあげましょうか?」
揶揄っているのが丸わかりの機嫌よさげな声音。
驚きのあまり窺った月凪の顔には、珍しくにやついた笑みが浮かんでいる。
夜。
さっき買ったパジャマをはだけさせながら迫る月凪を夢想して――
「ふふっ、冗談です。もしかして……本気にしました?」
「んなわけあるか」
調子づきかけた月凪から遠ざかり、言葉と共に浮かびかけた妄想を吐き出す。
月凪が本気でそんなことをするわけがない。
……ない、よな?
「それより、どうですか?」
「似合ってるし可愛いぞ」
「月並みな誉め言葉ですね。私以外に言ったら笑われますよ。一度だけリテイクを認めます」
さあどうぞ、と俺に手番を渡す月凪。
女性を褒める言葉の語彙を、生憎と俺は持ち合わせていない。
うちの妹様は適当でも可愛いと言っておけば満足するくらいちょろかったからな。
ともかく、誉め言葉。
珍しく頭を回し、感じた想いに適合する単語をかき集める。
「……月凪は白も似合うけど黒もいいな。髪と肌の白さが際立って、すごくいいと思う。可愛すぎて一人にするのが心配になるくらいだ」
「――――――っ」
不慣れながらも言葉にして伝えれば、月凪の表情が見事に固まった。
目を丸くして立ち尽くす月凪。
的外れなことを言ってしまったかと思うも、月凪の頬がほのかに赤くなっていたことで違うのだと察した。
これは、照れてるだけだ。
「……………………可愛すぎて一人にするのが心配なら、ずっと隣にいたらいいじゃないですか」
顔はそっぽを向いたまま、蚊が鳴くくらいの声量で呟く月凪。
……。
…………。
………………。
なんだよこの可愛い生き物。
「……次の服に着替えてきます」
「お、おう」
「それと……さっきみたいな言葉は、私以外に言っちゃダメですからね。絶対、絶っっっっ対ですからねっ!」
びしぃ! と音でもしそうなくらいの勢いで指さされながら告げ、せわしなく試着室の中へ消えていく。
「……誰彼構わず褒めるような軽々しい男に思われてるのか?」
わからんけど、こういうときは聞いても教えてくれないんだよな。
―――
そういうとこだぞ(どっちも)
一週目はラブコメ週間15位でした!!沢山の応援ありがとうございます!
まだまだ上を目指したいので応援するよ!という方はフォロー・星など頂けると嬉しいです!!
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