第7話 わかってますから

 電車のトラブルに見舞われながらもショッピングモールに到着したところで、俺は一旦トイレに行っていたのだが――


「……なんでこう、トラブルってのは続くんだか」


 月凪と合流しようかと近くを探せば、早くも見知らぬ二人の男に絡まれていた。


 たった数分離れただけでこれかよ。

 俺は月凪の魅力を過小評価していたらしい。


 休日で外出だからと気合を入れた美少女が一人で突っ立っていたら、調子のいい男どもに獲物として狙われるのも仕方ないか。


 ……それはそれとして腹が立つけど。


「――うちの彼女になんか用すか」


 やや低めの声を作り、二人組の後ろから声をかける。

 すると、月凪に夢中になっていた二人はびくりと肩を跳ね上げさせ、顔を引き攣らせながら振り向いた。


 見たところ大学生ってところか。

 目的はどう考えてもナンパだろう。


 しかし、月凪はまともに相手をしていなかった。

 視線を落としていたスマホを俺の声が聞こえたタイミングで仕舞い、二人の横を通り抜け、


「やっと来ましたか。待ちくたびれましたよ」


 不満を声にして零しながら俺の左腕に自分の腕を絡め、隣に収まった。


 それはもう、見せつけるかのように。

 ともすれば、ナンパしてきた二人をいないものとして扱うように。


 ナンパしていた二人はすっかり呆けていた。

 全く相手にされていないのだから当然だろう。

 数秒ほど変な間を挟み、二人は背を向けそそくさと去っていく。


 大人しく引いてくれて助かる。

 荒事に発展するのは勘弁願う。

 そういう意味ではこの顔が役立っているんだろう……多分。


「油断も隙もないな」

「私がほいほい男について行くような女に見えるんですかね」

「可愛いからダメ元で声かけてるだけだと思うぞ」

「軽々しく誘われても迷惑なだけだと理解して欲しいものです」


 月凪はため息をつきつつ、呆れた風に肩を竦める。


 モテる人間にしか許されない贅沢な悩みだ。


「それはそうと……可愛いならちゃんと言ってくださいよ」

「……言ってなかったか?」

「似合ってるとは言われましたが、可愛いは今日初めてです。彼女はいくら褒めてもバチが当たらないんですから」

「善処するよ」


 機嫌を直してくださいと願いつつ手を絡めれば、細い指が強弱を付けながら俺の手で遊ぶように開いて閉じてを繰り返す。

 する方もされる方も癖になる、変な感じだ。


 けど、褒めたら褒め待ちの顔が見れなくなるのは惜しいかもな。



 人が多い場所はトラブルの元だと再認識したところで本来の目的であるパジャマを選ぶため、月凪の案内で店へ来たのだが。


「パジャマ専門店なんてあるんだな」

「専門店がないものの方が珍しいと思います。ここなら珀琥のも見繕えますし」

「……俺も買うのか?」

「折角の機会ですし、どうせならお揃いがいいなと思って。……ダメですか?」


 上目遣いに向けられる空色の瞳。

 きゅっと袖を引く白魚のような指先。

 いじらしい表情で迫られれば、とても断れそうになかった。


 だが、答える前に財布の中身を検める。

 入っていた額は一万円とちょっと。

 たまの外出だからと念のため用意していたのだが、これで足りるだろうか。


「……あんまり高くないやつで頼む」

「そうですね。高いと使うのが勿体なく感じてしまいますから」


 意思統一も出来たところで月凪と一緒にパジャマを選ぶ。


 パジャマ……寝るためだけの服なんて、これまで一度も買ったことがない。

 俺の部屋着はもっぱら中学時代の着古したジャージで、新しく買ってもトレーナーみたいに楽な服だけを好んでいる。


 そんな俺が異性とお揃いのパジャマを選ぶ日が来るとは実家の妹も予想外だろう。


「パジャマは寝心地が一番大事だと思うんです。ですが、デザインにこだわらない理由にはなりません。珀琥の前で着るんですから」

「……はあ」

「反応が鈍いですね。ネグリジェ派でした?」

「単についていけてないだけだ。でも……ぶっちゃけどれも同じに見えるから、月凪が選んでくれないか? センスを信じる」

「それでもいいですけど、色くらいは選んでください」

「じゃあ、黒で」

「それなら私は白にしましょう」


 月凪が並ぶ品々へ視線を巡らせる。

 専門店だけあって種類が豊富だ。

 違いは柄や素材、形がほとんどで、基本の形は似ている。


「でも、男性的には少しくらい露出があった方が嬉しいのでしょうか」

「……俺に聞かれても困るんだが」

「誤魔化さなくていいですよ。この前、私と家で向かい合った時に胸元を覗き込んでいたこともわかってますから」

「…………すまん」

「怒っていませんよ。私は珀琥の彼女なんですから」


 怒られたり責められるものと思ったが、月凪にそんなつもりはないらしい。


 彼氏だから見てもいい、という理屈には百歩譲って同意しよう。


 ……けど、俺は偽物の彼氏であるからして。


「今後はなるべく見ないようにする」

「なんでそうなるんですか」

「……なんで怒ってるんだ?」

「自分で考えてください」


 前後のやり取りを考えるならこれ以上ない回答のはずが、月凪の機嫌を損ねてしまったのか、冷淡なジト目が向けられた。


 ……ダメだな、女心は理解できそうにない。


 考え続けておこうと頭の片隅にメモを残しつつ、月凪との買い物を再開する。

 とはいっても、俺は眺めているだけなのだが。


 つんとしたままの月凪が手に取ったのは指定した通りの色をした、ワンポイントで互いの色が入っているお揃いのパジャマ。

 サイズも丁度いいのは月凪が前に俺の服を選んだことがあるから。


 月凪が選んだそれに決め、会計も済ませてしまう。

 女性の買い物は長いと聞くが、かなり早く終わってしまった。


 片手に袋を提げながら店を出た俺へ「まだ時間はありますよね」と月凪が聞く。

 どうせ今日明日は泊まりの予定だ。


「他に見たいものがあるのか?」

「夏服を軽く見てもいいなと。意見役がいることですし」

「まともな意見が出せるといいが。褒めるためのボキャブラリーが貧困だし、なにより慣れてない」

「女性経験がないのに慣れていたら逆に困ります」


 ……それもそうだけど、なんで機嫌が直ってるんだ?


―――

見てほしいんだぞ察しなさい

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