第4話 ハクトニウムを補給しているんですよ
午前の授業を終えて、昼。
俺は燐と花葉の三人で机を合わせて昼食を食べていた。
厳密には告白されに行った月凪を待つため、俺だけは弁当に手を付けていない。
先に食べてると拗ねるんだよな。
「白藤さん、また告白されてるんだ」
「らしい。ほんとモテるよな」
「モテるよなって……くわっち、るなっちが取られないか心配じゃないの?」
「別に」
端的に短く返せば「これが愛かぁ」と花葉から微笑ましげな眼で見られる。
愛なんて大層なものじゃなく、選択権が
それを踏まえても、ラブレターを見つけた際にため息を零していた月凪がいい返事をするとは思えない。
そもそも好きな人が出来たら関係を終わりにする決まりがあるために、続いている以上は月凪が告白を受ける可能性はないだろう。
……まあ、これも穴だらけの決まりなのだが。
「でも、二人の馴れ初め的にはくわっちが心配する必要はないのかもね。だって、るなっちがくわっちに付き合おうって言い出したんでしょ?」
「男の人に絡まれてるところを助けたんだっけ」
「あー……そういえばそんなこともあったな」
二人の言葉に俺も調子を合わせておく。
これは月凪と偽装交際をするにあたって取り決めたものの一つ。
どんな男子にも靡かなかった月凪に彼氏ができたとなればきっかけが気になるはず。
だから見知らぬ男たちに絡まれて困っていた月凪を俺が助けた――なんてカバーストーリーを作り、月凪が俺を好きになった体で通してある。
ベタすぎる話だと思うけど、そこで光るのが俺の顔の悪さ? だ。
この強面なら余程の男じゃなければ撃退できるだろう、と誰もが信じてくれる。
そこに月凪の証言が合わされば、誰も表立って批判は出来ない。
批判して月凪に嫌われる可能性を考えれば、月凪を好きな男子は黙るのが利口な選択だ。
女子は最大のライバルになり得る月凪が俺という彼氏を得て恋愛競争から離脱するため、重箱の隅をつつくような粗探しをする意味がない。
友達に嘘をつくのは気が重いが、月凪のために秘密は守らなければならない。
「だってさぁ、多分るなっちって超一途だよ? 本人は気づいてないかもだけど、くわっちに話しかけようとする女子がいるとすごい目で見てるし。アタシはギリギリ許されてるっぽいけど、それでも二人で話すのとかボディタッチはしないように気を付けるレベルだもん」
「僕も花葉さんの言いたいことはわかるかも。白藤さんってちょっと冷たい雰囲気だけど、珀琥くんと一緒にいると柔らかくなるっていうか。ブラックコーヒーとミルクたっぷりのカフェオレくらい違うかな。雰囲気もすごく甘いし」
「ラブラブカップルみたいな評価はどうかと思うんだが」
「違うの?」
何言ってるの? と言いたげなジト目で花葉から聞かれ、考えてみる。
朝は朝食のために早起きしてまで尋ねてくるし、学校に登校するときは手を繋ぐ。
人目があろうとなかろうと関係なし。
見せつけるためにやっているまである。
家に帰れば俺は大体月凪の背もたれになっていて、食事や掃除なんかの身の回りの世話も勝手に焼くわけで……困ったことに否定できる材料がほとんどない。
いや、そう思われていた方が都合がいいのはわかっている。
わかっているんだが、受け入れるには若干の抵抗があるといいますか。
などと眉間にしわを寄せながら悩む俺の視界が、急に暗くなる。
「誰でしょうか」
届いた声は聴き間違えるはずのない透明感。
目元に感じる、ほのかな冷たさ。
後頭部を受け止める柔らかな感触からは意識を逸らしておく。
「……月凪、戻ったんだな」
「バレてしまいましたか」
全く残念そうではない声音で呟いた月凪が目を覆っていた手を離し、対面に座る。
理知を湛えた空色の瞳に含まれる、ほんの僅かな不満の色。
ほとんどの人にはいつもと変わらないすまし顔と思うだろうけど、間近で観察する機会の多い俺はそれが不機嫌な時の表情だとすぐに察する。
「何か嫌なことでも言われたか?」
「……
愚痴くらいは聞くぞと言外に告げれば、まなじりを下げながら息をつく。
「帰ってからにしようと思いましたが、それなら聞いてもらいましょうか。もちろん、お弁当を食べながらですよ」
俺が月凪の帰りを待っていたのがわかっているのだろう。
蓋の開いていない弁当箱へ視線を落とす月凪に促され、俺たちも二人に遅れて昼食にありついた。
「ここまでツーカーだと笑いたくなっちゃうよね」
「ほんとだね。僕には全然そんな風には見えなかったのに」
「これでも月凪は結構わかりやすいぞ? 機嫌悪かったり甘えたいときはさっきみたいな悪戯が増える」
「ハクトニウムを補給しているんですよ。精神安定の効果があります」
んなわけあるか。
「白藤さんもそういう冗談を言うんだ」
「アタシ、こういうのを見てると一年生の頃に冷たい人なのかと思ってたのが馬鹿らしくなっちゃうわ」
「二人の時はずっとこんな調子だぞ」
「それも中々信じられないけど、珀琥くんが言うならそうなんだろうね」
「ポンコツ扱いしないでください」
「おいこら足を踏むな」
無防備な足を月凪の足が踏む。
上履きごしでも力が籠っていないため全然痛くない。
俺も月凪も本気じゃなく、じゃれ合いなのはわかっていた。
呆れを伴った視線で制すると、月凪は足を戻して箸を持つ。
「――それより、ですよ。私、さっきまで顔も名前も知らない男に告白されていたんです。別に告白されること自体は珍しくもなんともないですし、興味もないので一言で断って終わらせるつもりでした。なのに
「そこまでだ」
ヒートアップしつつあった月凪の手を握って、無理にでも止めさせる。
愚痴を聞くとは言ったがここまでとは思っていなかった。
あまり過激な言動を学校でするのは望ましくない。
その意図を察してくれたのだろう。
まだ言いたいことがあっただろうに絞り出したため息一つでひとまずの折り合いをつけ、「ありがとうございます」と小声で告げてくる。
これにはさしもの二人も呆気にとられ、苦笑を浮かべるほかなかった。
「お二人もすみません。見苦しいものを見せてしまって」
「アタシ、るなっちだけは絶対敵に回さないようにするわ」
「僕も花葉さんと同じ意見かな。それにしても愛されてるね、珀琥くん」
「それは否定しないけどさ」
「私、珀琥にも愛して欲しいんですけど」
「はいはい。仰せのままに、なんなりと」
「食べさせてください」
目を瞑り、俺に向かって口を開けて待つ月凪。
……まあ、それくらいならお安い御用か。
「玉子焼きがいいです」
「はいよ」
月凪の弁当箱から一口大の玉子焼きを摘まみ、口元へ運ぶ。
開けられた口。
ちらりと覗く白い歯と、赤い舌の表面。
餌付けを待つ雛鳥に見えなくもない。
妙な背徳感を抱きながらも玉子焼きを食べさせれば、月凪はもぐもぐと美味しそうに咀嚼する。
細められた双眸。
ごくり、白くなだらかな喉が嚥下の拍子に上下して。
「もう一口欲しいです」
「自分で食べてくれよ。俺が食えない」
「交互に食べさせ合えば解決ですね」
「月凪がやりたいだけだろ」
「そうですけど?」
楽しげに笑む月凪に白旗を上げそうになる。
機嫌がいいのはいいことだけど、調子づくと止められないのは難点だな。
―――
周りは「またかよ」って呆れてる
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