47 包囲網の完成と戦略の妙
アルバナ軍は、トリスタン軍の補給線を寸断し、戦況を大きく変えることに成功していた。戦場に響くのは、規則的な進軍の音と、トリスタン軍の混乱した指示が行き交う叫び声だ。クラウス・レヒナー将軍の指揮のもと、兵士たちは粛々とその役割を果たしていた。
「敵の補給線は完全に断ち切りました。現在、包囲網が順調に狭まりつつあります。」
情報将校のベルトランが、地図を指し示しながら報告する。クラウスは頷きつつも、さらに詳細な確認を求めた。
「後退するトリスタン軍の動きはどうなっている?」
「一部の部隊が降伏を始めています。白旗を掲げる姿が各地で確認されています。」
「よし。降伏した兵士たちは安全に後方へ送れ。ただし、彼らの証言をもとに敵の布陣や士気の詳細を引き出せ。」
その言葉に、参謀長のリヒャルトが一瞬だけ眉をひそめる。
「閣下、慎重な対応が必要かと思われます。降伏兵を手厚く扱うことが、兵士たちの不満につながる可能性も否定できません。」
「だからこそ、伝えろ。」クラウスの声が冷静に響く。「我々は敵を屈服させつつ、この戦争を終わらせるために戦っているのだとな。」
占領地では、アルバナ兵が住民への支援活動を開始していた。戦争の混乱で物資が不足していた村に、軍からの食料と医薬品が届けられる。住民たちは警戒しながらも、アルバナ兵たちの慎重で丁寧な対応に、次第に表情を和らげていった。
「敵に感謝される必要はないが、怯えさせるのも目的ではない。」
クラウスは視察中に随行する部下たちへ淡々と告げた。その視線は、トリスタン軍が頑強に守る最後の拠点を見据えている。
◇
トリスタン軍の中央拠点では、兵士たちが砦を守るために必死の抵抗を続けていた。士気はギリギリのところで保たれていたが、補給が途絶えたままでは持久戦は望めない。
そのころ、アルバナ軍本陣では次なる一手を巡る議論が白熱していた。
「閣下、このタイミングで中央拠点に攻撃を仕掛ければ、一気に勝負を決することができるでしょう。」
作戦参謀のエーベルハルトが進言する。
「兵士たちの士気は高まっています。この勢いで攻め込むべきかと。」
通信将校のヴィルヘルムも同意を示した。
しかし、クラウスは首を横に振った。
「敵軍の抵抗が激しいのは、この拠点が彼らの最後の希望だからだ。正面から突撃すれば、我々の被害も甚大になる。」
「では、どうされるおつもりで?」
エーベルハルトが一瞬戸惑いの表情を見せたが、クラウスは地図を見据えたまま続けた。
「戦争を終わらせるには、ただ勝つだけでは足りない。敵に降伏を選ばせる状況を作り出すのが我々の仕事だ。」
彼の言葉に、議場が静まり返る。
「心理的圧力を強化する。補給線の断絶をさらに徹底し、敵の疲労を極限まで引き出す。加えて、投降を促すビラを拠点周辺に投下しろ。降伏すれば命を保証することを伝えるのだ。」
◇
その夜、空から投下されたビラが風に乗って中央拠点の中へ舞い降りた。疲労困憊のトリスタン兵たちは、それを拾い上げて言葉を交わす。
「……降伏すれば命を保証するだと?」
「本当かどうかは分からないが、このまま戦い続けても勝ち目はない。」
砦内では、不安と希望が交錯していた。その様子を見つめながら、クラウスは冷静に言葉を放つ。
「敵が完全に崩れるまで、あと少しだ。しかし、油断するな。我々の勝利は戦後を見据えたものにしなければならない。」
彼の言葉を受けて、兵士たちは余計な攻撃を避け、着実に包囲網を狭めていった。やがて、中央拠点の上空に白旗が掲げられる日は、もはや遠くなかった。
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