39 避けられぬ火種

 翌朝、王宮内の緊張がひしひしと伝わる中、翔とフリーデリケは執務室で新たな報告に目を通していた。ノルデン王国がトリスタンに宣戦布告したニュースは一夜にして周辺国に広まり、連鎖的に多くの同盟国が戦争に参加を表明し始めていた。もはや火種は世界を巻き込む勢いで広がりつつある。


 

 翔、フリーデリケ、クラウスをはじめとする主要な大臣や軍司令官たちがアルバナ王国の評議会室に集まり、ノルデン王国からの協力要請に応じるべきかを話し合っていた。


 フリーデリケが地図を見つめながら話し始める。

 「皆さんもご存知の通り、ノルデン王国から協力の要請が来ています。しかし、ノルデンに協力するということは、アルバナ王国もこの戦争に加わることを意味します。同盟関係を守ることは国の誇りでもありますが、もし無理にでも巻き込まれた結果、国全体が疲弊するのなら……」

 言葉が止まり、室内が一層の静寂に包まれる。

 クラウスは重々しい口調で答える。

 「もし我々が同盟から離れれば、アルバナは孤立し、国境周辺の安全も確保できなくなる。何より、ノルデンの信用を失うだけでなく、長年築いてきた同盟全体に亀裂が走る恐れもある。」


 翔も深く考え込みながら口を開いた。

 「確かに、同盟に基づく義務もあるが、無思慮に戦争へ突入すれば、国民に計り知れない負担がかかる。慎重を期すべきだ。」


 フリーデリケはうなずき、

 「まずは、外交的な働きかけを増やしつつ、ノルデンに協力する他の手段があるかどうか検討しましょう。」

 と提案した。


 その時、緊急の報告が評議会室に届く。


 使者が急ぎ足で評議会室に入ってくると、全員が緊張した面持ちで彼を見つめた。


「失礼します、報告があります。ドネラ共和国がアルバナ王国に対して正式に宣戦布告を行いました。それだけでなく、すでに国境付近に軍を進め、いくつかの集落で小規模な衝突が発生しています。」


 室内が静まり返る。翔は驚きとともに状況を理解し、無言でフリーデリケと視線を交わした。


「なんてことだ……ドネラ共和国も領土的な野心があるのか、あるいは漁夫の利を狙っているのか……」

 フリーデリケは顔を曇らせた。

「ノルデンとトリスタンだけでなく、ドネラまでが戦争の引き金を引くとは思っていなかった。」


 クラウスがすぐさま命令を下す準備を進めようとする。

 「共和国はおそらく国境近くの村や都市を狙い、すでに占拠しようとする動きを見せています。もし防衛の準備が整っていなければ、彼らの侵攻を許してしまう恐れがある。」


 翔はゆっくりと立ち上がり、評議会室の窓の外を眺めながら深い思案に沈んだ。

 「つまり、ここで動かなければ、次の標的は我が国になる可能性が高いというわけか。後手に回るわけにはいかない。」


 クラウスもその言葉に応えるように鋭い目で頷き、

 「軍はすでに警戒態勢に入っております。準備は整っていますが、ただ、早急な動きで無駄な被害が出ぬよう慎重に進めたい。」


 翔はクラウスに目を向け、

 「では、国境地帯に軍を動かし、ドネラ共和国の侵攻を食い止める準備を進めよう。フリーデリケ、外交方面からの支援も必要だ。できる限りの手を打って、国としての立場を明確にしよう。」


 フリーデリケも頷き、すぐに指示を出し始めた。

 「わかった。国民に状況を伝え、落ち着きを保つように促しましょう。そして、ノルデンにも我々が支援する意思を示す。私たちが同盟を支える覚悟を伝えるべきだわ。」


 評議会室の緊張感が高まり、参加者たちは各々の責任を胸に動き始めた。フリーデリケは冷静に次々と指示を下していった。「まずは、農業や物流の体制を確保して、国民が混乱に陥らないようにする必要があるわ。物資の調達、戦時体制の整備…どれもが急務ね。」


 翔はその横で頷きながら、口を開いた。「徴兵も考えなくてはならないが、できる限り控え、国内の支援体制を整えて民の生活に影響を出さないようにしたい。無駄な犠牲は避けなければならない。」


 クラウスも敬礼し、出動準備を整えるよう命じる。「軍はいつでも出動可能です。そして、ドネラ共和国に対しても断固とした対応を見せる必要があります。」


 フリーデリケはふと微笑んだが、その表情には悲しみが宿っていた。「無理やり巻き込まれたとはいえ、私たちがこうして戦争に足を踏み入れる日が来るとは……。これが歴史の転換点だとしたら、どうか国を守り抜きたい。」




 評議会が終わり、執務室に戻った翔とフリーデリケは、戦争に向けた心情を改めて確認するように二人きりで話し合った。


 翔が重く、静かな口調で言う。

 「可能な限り戦争を避けたかったが、今となっては逃げ道がない。今やるべきことは、国を守るために全力を尽くすことだ。」


 フリーデリケも肩を落としつつ頷き、

 「避けたかったのは私も同じよ。でも、この戦いがただの破壊で終わらないことを祈りましょう。私たちが手に入れる未来に繋がるものであることを。」


 翔は深く息をつき、決意を新たにした。

 「ここからが正念場だ。国内体制を整えつつ、同盟としての義務を果たしていこう。」


 フリーデリケはその言葉に小さく微笑み返し、目の前の道に立ち向かう覚悟を再確認するかのように目を閉じた。

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