38 不穏の序章

 翌朝、翔とフリーデリケは再び執務室に集まり、最新の報告書に目を通していた。ノルデン王国の世論は一夜にしてさらに過熱し、新聞には「正義の復讐を!」という大見出しが並び、街頭では国旗を振りながら報復を叫ぶ人々の姿が目立ち始めていた。


「想像以上に早い反応だな。ノルデン王国の民衆も、とうとう我慢の限界に達したか……」と、翔は声を落として言った。


「ええ、予想を超えた反応ね。これまでトリスタンとノルデンの摩擦は繰り返されてきたけれど、ここまで感情的な怒りに火がつくとは……」フリーデリケは冷静な口調で返したものの、その眼差しには緊張が浮かんでいた。


 その時、ノックの音とともに、クラウス・レヒナーが執務室に姿を見せた。彼は敬礼すると、二人に真剣な表情で告げた。


「お二人にお伝えすべき情報があります。ノルデン王国の軍が、すでに国境付近での動員を始めた模様です。正式な宣戦布告はないものの、軍事行動の兆候が出ています。」


「予想していた以上に早い……」フリーデリケが軽く眉をひそめた。


 翔も頷きながら、クラウスに問う。「その動きは、トリスタンへの圧力か、それとも侵攻の意図か?」


「まだ断言はできませんが、兵力の規模から見て、威圧を超える段階にあると考えられます。ノルデン王国は、トリスタンに対する国民の怒りを抑えきれず、無理にでも対外的な行動をとる可能性があります。」


 フリーデリケは顔を曇らせた。

 「そうなれば、アルバナ王国としても態度を明確にせざるを得なくなるわ。ノルデンは同盟国であり、これ以上の摩擦は私たちの立場にも影響を及ぼす。」


 翔は机に手をつき、思案にふけった。ノルデンとトリスタンの対立が本格的な戦争へと発展すれば、自国も巻き込まれることは避けられない。それを防ぐためには、どこかで状況を沈静化させる必要があるが、感情的に高まるノルデン王国の世論を抑えるのは容易ではない。


「まずは、我々の立場をしっかりと示す必要がある。ノルデン王国に対し、戦争が国際的な安定に与える影響を懸念していることを伝え、慎重な行動を求めるメッセージを送ろう。」翔は、強い口調で言った。


 クラウスは頷きつつも、険しい表情で問うた。「しかし、もしトリスタン側が正式な謝罪や説明を拒むならば、ノルデンは確実に武力行使に踏み切るでしょう。我々も、その場合に備える必要があるのでは?」


 フリーデリケは翔の顔を見つめ、小さく頷くと静かに提案した。「クラウス、私たちは同盟を守る意思を示す一方で、ノルデンの感情的な暴走を抑えるために、調停の役割を果たせる余地を作りましょう。どちらにも安易に味方する姿勢は取らず、慎重に対応を模索するの。」


 翔もその意見に同意し、再び冷静な表情で言葉を継いだ。「同盟関係を強調しつつ、私たちの目的は平和と安定の維持であることをしっかりと伝えよう。ノルデン王国に、少しでも冷静な判断を下す余裕ができるよう、説得に努めてほしい。」


 クラウスは再び敬礼し、部屋を出ていった。


 彼が去った後、翔とフリーデリケはしばらく無言のまま立っていたが、フリーデリケがふとつぶやいた。


「……歴史の歯車がまた動き出したのかしらね。」


 翔も重く頷きながら、ぽつりと漏らす。


「どこかで歯止めをかけないと、本当に大きな戦争に発展する可能性があるな。」


 フリーデリケも深く頷いた。

 「ノルデンの国民は正義のために戦う覚悟を固めつつある。でも、私たちは冷静な解決策を見つけないといけないのよ。」


 翔は考え込むように窓の外を見つめた。

 「そのためには、トリスタンと直接交渉の場を持つべきかもしれないな。彼らの立場を理解し、何が譲れるかを探る必要がある。」


「そうね。もし、ノルデンが最終的に武力を行使した場合、私たちの国も支援を約束している以上、巻き込まれるリスクが高まる。それだけは何としても避けたいの……」


 その言葉に翔はうなずき、少し迷いを含んだ表情で言葉を継ぐ。

 「ただ、トリスタン側も既に疑心暗鬼だろう。今、外交交渉の申し出をしても、真意を測りかねるかもしれない。」


 フリーデリケはふと微笑んだ。

 「その通り。だからこそ、こちらからだけではなく、仲介者を立てるのが得策だわ。中立の第三国に間に入ってもらうのはどうかしら?」


 翔はそのアイデアに目を輝かせる。

 「それはいい。中立国を立てれば、どちらの面子も保たれる。国際的な場を使ってノルデンとトリスタンに話し合いを促すのもありだ。」


「問題は、どの国に仲介を頼むか、ね……」フリーデリケが顎に手を当て、少し考え込んだ。


「ここで強硬な姿勢をとらないためには、我々と信頼関係があり、さらに影響力を持つ国である必要がある……」翔は慎重に言葉を選びながら続けた。「例えば、アルダール王国が適任かもしれない。」


「アルダールなら、いざという時に調停の場を整えてくれる可能性が高いわね。彼らはトリスタンとも外交関係があり、ノルデンとも強い対立がない。」フリーデリケは静かに同意した。


 翔は、内心で次第に希望の光を見出していた。

 「そうだな。この案を元に、早速使者を送り、アルダールに仲介を頼もう。」


 「それで少しでも事態が沈静化するのなら、やってみる価値はあるわ。」


 翔はフリーデリケの決意に勇気をもらい、さらに意を強くした。

 「まずはこの一歩からだな。国の未来のために、できる限りの策を講じていこう。」


 こうして、ふたりは次の行動を話し合いながら、緊張感の中にも一抹の希望を抱き、再び机に向かって動き始めた。

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