37 運命の銃声
アルバナ王国の同盟国、ノルデン王国の王太子夫妻、ヨハン王太子とその妃イザベラは、隣国グレゴリア公国を公式訪問していた。この訪問は、両国の友好関係を深めるためのものであり、特に戦後の復興支援や経済協力について話し合うために計画されたものだった。
グレゴリア公国は、長らくノルデン王国の保護下にあったが、最近になって独立を果たした若い国家である。経済的には未成熟だが、戦略的な位置にあるため、周辺国からも注目されていた。トリスタンとの国境に位置しているため、特に外交的に緊張が絶えず、今回の訪問もその緊張を和らげる意図があった。
しかし、この平和的な訪問は突如として暗転する。王太子夫妻が公国の首都、ヴィスベンのメイン広場をパレードしている最中、群衆の中から一人の男が銃を持ち出し、王太子夫妻に向けて発砲したのだ。
銃声は広場中に響き渡り、人々の悲鳴が交差する。ヨハン王太子は一発目の弾丸を受け、即座に地面に崩れ落ちた。彼をかばおうとしたイザベラ妃も、逃れることができずに二発目の弾丸に倒れた。二人は即死だった。周囲の警護隊がすぐに犯人を取り押さえたが、彼は叫んだ。
「トリスタン万歳!アルバナの犬どもを討て!」
男は、トリスタン出身の過激な民族主義者で、アルバナ王国との同盟を強く敵視していた。ノルデン王国はアルバナと軍事同盟を結んでおり、トリスタンはその同盟に反発していた。犯人はこれを機にトリスタンの民族的誇りを取り戻し、アルバナやノルデンの支配に抵抗しようとしていたのである。
この衝撃的な事件は瞬く間に世界中に報道され、両国の関係に激しい緊張をもたらした。
◇
翔が王宮の執務室で報告書に目を通していた時、扉が急に開き、フリーデリケが入ってきた。彼女の顔には普段の冷静さがなく、何か重大なことが起きたことを悟り、翔はすぐに立ち上がった。
「どうした?」と翔が問いかける。
フリーデリケは深く息をつき、しばらく沈黙した後、静かに告げた。
「ノルデン王国の王太子夫妻が……暗殺された。」
その一言が翔の耳に届いた瞬間、部屋の空気が凍りついたように感じられた。彼は一瞬、何を言われたのか理解できず、ただフリーデリケの顔を見つめるだけだった。
「どこでだ?」
ようやく言葉が出た。
「グレゴリア公国での公式訪問中に、トリスタン人の手によって……。犯人は捕まったが、王太子夫妻は即死だった。」
「……トリスタン人? このタイミングでか……」
翔の頭の中で、過去数ヶ月の外交的な動きが一気に回り始めた。ノルデン王国とトリスタンの間の緊張は、単なる摩擦ではなく、何か大きな爆発を予感させるものだったが、翔はそれがこのような形で進展するとは思っていなかった。
「ノルデン王国では、すでに報復を求める声が挙がっているらしいわ。国民の感情は非常に高ぶっている。軍も動きを見せ始めているようだわ。」
「……軍司令官のクラウスはどうしている?」
「クラウスは、我々の軍も準備を進めるべきだと言っているけど、まだ具体的な動きは取っていないわ。ノルデンの動向を注視するべきだと考えているみたい。」
翔は頭を抱え、しばらく考え込んだ。
「これは、トリスタンの仕業ではなく、過激派の単独行動だろう。トリスタン政府が関わっていない可能性もある。しかし……」
「しかし?」フリーデリケが促す。
「しかし、これをきっかけに戦争になる可能性が高い。感情的な高まりは止められないかもしれない。トリスタンがどんな反応を見せるかによっては、どちらかが最初の一歩を踏み出すだろう。」
翔は部屋の中をゆっくりと歩き回りながら、頭を整理しようとした。
フリーデリケは心配そうな表情で、言葉を待った。
「今、最も重要なのは、冷静な対応だ。まだ何も決めていない。ノルデンの反応次第だが、我々はまず戦争を避けるために動くべきだ。」
「でも、ノルデンの国民はすでに報復を望んでいるのよ。王太子夫妻の死は、彼らにとって許されざる行為。無視することはできないわ。」
フリーデリケの声には焦りが滲んでいた。
「そうだな。しかし、感情だけで動けば後悔することになる。理性的に対処しなければ、無意味な戦争に巻き込まれてしまう。」
「まずは、トリスタン政府の反応を待つべきだ。そして、彼らがどう対応するかを見た上で、我々も行動を決める。まだ動くのは早すぎる。」
フリーデリケは頷き、沈着な表情に戻っていった。
「わかったわ。クラウスにも冷静に行動するよう伝えるわ。私たちも、ノルデン王国の動向に注目しながら、戦争を避けるための準備を進めるべきね。」
「歴史が動く瞬間かもしれない。今こそ、冷静さが求められる時だ。」
翔はそう言い、深く息をついた。
「理性的に動こう。まだ選択肢は残されている。」
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