第16話
「でも……、」
その時ちょうど優が切なげな声で話を再開したから私はスカートの上で祈るように両手を組んで強く握りしめた。どうか、八歳の優がこれ以上酷い目に遭っていませんように。
「予想外なことに、お母さんが……、さっきはごめんね。私が悪かった。あんたは悪くないって素直に謝罪してきて、驚くほどすんなり仲直りできた。だけど、お母さんは首を絞めた理由も素直に謝ってきた理由も、何も説明してくれなかったから意味が分からなくて恐ろしかった。その後、俺がお風呂に入ってる時に、お母さんが料理をする音とマットをスリッパで歩く足音が聞こえて……その度に心臓がばくばくして温かいお湯に浸かっているのにぶるぶる震えた……。夕食だってせっかく作ってくれたのに申し訳ないけど……、正直美味しいと感じなかった。ベッドに入ってからもなかなか寝つけなかった。……俺が本気で死にたいと思ったのはその日の深夜が初めてだった」
おしまい、と優は締めくくってにこりと笑ったけれど、本当に辛そうで、笑っているのに泣いているみたいで、明らかに無理して笑っていて。でも、どんな言葉をかけたらいいのかどんなに考えても全然分からなくて、申し訳なくて不甲斐なくて思わず頬の内側を強く噛んだ。
「で。俺のお母さんの口癖は灯莉ちゃんは可愛くていい子だから羨ましい。私、本当は女の子が欲しかったのよね、だ」
優はまた同じ笑顔を浮かべる。その笑顔を見るのがあまりにも辛くて、強く握りしめていることによって白くなっているスカートの上で組んだ両手に視線を落とす。
「少なくとも、俺が生き続けることを、産んだ母親は望んでない。俺が小三の時に、『俺が死んだ方がお母さんは救われる?』って質問したら『うん。死んじゃえば?』って真顔で言われたからな」
優のお母さんは私の前でいつも笑顔で優しい。でも、優を散々言葉のナイフで傷つけたこと、生涯許せないし私が死ぬまで恨み続けてやる。けれど、今は何より、優の心にかかっている負担や傷の痛みを和らげることを最優先しようと思った。
「酷いね。でもそんなに気にしなくても大丈夫だよ。子育てや家事、仕事、色々忙しくて心に余裕がなくてつい言ってしまった一言かもしれないし……、」
「それでも本音であることは間違いない。嘘じゃない」
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