第8話
と、前々から質問したいと思っていたことを思い出した俺は机の左隅に置いていた教科書とノートの間から下敷きを取り出して、灯莉の机に置いた。
「それよりこの中で誰が一番かっこいいと思うか教えてくれ」
できるだけさりげなく訊いた後に、下敷きにプリントされている有名なサッカー選手たちの顔写真を人差し指で軽く叩く。この下敷きは父方の祖父母からもらったお年玉で購入した物だ。ポーカーフェイスが上手いと自負している俺でもさすがに緊張してかなり顔が強張っているし、耳の奥で鼓動の音が聞こえる。口内に唾がどんどん溜まってきたことに気づいて慌てて飲み込んだ。
「……突然なに? この人たちってサッカー選手?」
怪訝そうな眼差しを向けてきた灯莉を見て、心が折れそうになって俺はやっぱり何でもないって言ってやめようかと思ったが、何とか勇気を振り絞って、
「ああ。俺はこの選手が好きなんだ」
言いつつ現在は海外で活躍している有名な日本人選手の一人を人差し指で差す。みっともなく声が震えたことが恥ずかしくて頬が熱くなるのを感じながら俯いていると、灯莉は俺が差した選手の顔を見て、数秒後に俺の顔を覗き込んできて、それが何? と言いたげな顔で口を開く。
「そうなんだ? 上手いの?」
「もちろん上手いし俺に似ててイケメンだろ?」
歯を見せて笑う俺を無言かつ無表情で凝視してくる灯莉。
「何だよその冷たい反応は!? 俺に似てて、は冗談だよ! でもこいつはイケメンだろ? 女性にすげぇ人気で、映すと視聴率が上がるからカメラマンがしつこいぐらい頻繁にこいつを写すんだ!!」
「ちょっと声大きい!」
嫉妬してつい声が大きくなってしまった。
「悪い……。で、誰がかっこいいと思うんだ? 俺の好みは気にしなくていいから素直に選んで欲しい」
話が逸れてしまったので改めてお願いすると灯莉はうーんと難しい顔で首を傾げた。
「そんなに真剣に考えなくていいぞ」
「……いや、どんな性格か分からないし顔で選んでいい?」
ああ、と俺はすぐに頷く。灯莉が好きな顔のタイプを聞き出すことが目的だから、そうしてくれ。
せめて、脈ありなのか、ただの幼馴染と認識されている脈なしなのかぐらいは知りたい。灯莉は下敷きを見下ろしながら、思い悩んでいる表情でずっと黙り込んでいる。これは俺の我儘だし急かすつもりは毛頭ないが、このままでは俺の暴れ回っている心臓がもちそうにないからぱっと選んで早く安心させてくれというのも本音である。
「うーん……じゃあこの人かな?」
不意に自信なさげな声が目の前から聞こえて驚いて心臓が跳ねる。瞑っていた目を恐る恐る開けてみると、
「……え?」
灯莉が指差していたのは俺の予想を大きく裏切る人物の顔だった。俺が選んだ選手は、俺に似ていて眉毛が濃く彫りが深いソース顔だ。でも、灯莉が選んだのは体調が悪そうに見える塩顔だった。
灯莉にとって俺の顔はタイプじゃないという事実が判明して、ショックを受けずにはいられない。そういえば、灯莉が俺ん家のテレビの前に釘付けになっていた時に、映っていた俳優は塩顔イケメンと紹介されていたような気がする。時々、『かっこいい……』と黄色い声を上げる灯莉に、俺は、どこがかっこいいんだよ、と内心嫉妬して不貞腐れて、どうしても信じたくなかったから必死になって忘れたことは失敗だったか。
「……えっ?」
「こいつ? 本当にこいつか? 俺に似ても似つかないじゃんかよ……」
俺が絶望感に苛まれながら自分の椅子の背もたれの上で腕組みをした時にちょうど、
「優に似てる人を選ばないと駄目だったの? 素直に選んでって言ったじゃん」
灯莉が睨んできた。上目遣いなのは俺より身長が二十三㎝低いからでわざとではない、と分かっているからこそ動揺してしまう。また、初恋でもう十二年も片想いしている相手だから、ドキドキするのは仕方がない。
「ごめん……。突然の質問にもかかわらず真剣に悩んで答えてくれたのにこんな態度をとるなんて最低だよな。教えてくれて本当にありがとう」
ゆっくりとはっきりとした口調で言って、深く頭を下げる。すぐに目を瞑って幼馴染の顔を見ないようにしながら素早く顔を上げて素早く身体を前に向けた。急いだのは頬と耳が火照ってきたことに気づいたからだ。見てないようで意外とよく見ている灯莉は、赤くなっていることにすぐ気づくだろう。
だが、俺の好意に全く気づかないぐらい鈍感だから、熱があるんじゃないの? と誤解して心配してくる可能性が高い。
教室内で朝課外の始まりを告げるチャイムの鐘が鳴り響く。チャイムより俺の鼓動の方が煩かった。
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