第7話

 全部冗談じゃなくて本気だ。


 残念なことに、俺──鍋岡なべおかすぐるが、今朝の登校途中に、迷った末にようやく絞り出したこの一言は、四歳の頃からの幼馴染である──寺北てらきた灯莉あかりの耳には届かなかったらしい。別にもう一度言ってもよかったのにビビって言わないと決断をしたのは自分なのだ。だから、トラックの運転手を、タイミングが悪い、と心の中で責めるのはお門違いというものだ。俺は心の中で、すみませんでした、と運転手に謝罪した。それに、正直届かなくてよかったと安堵しているのも事実だ。

 幼馴染の絶妙な距離感をぶち壊さずに済んだんだから今朝の決断は間違ってない。そうやって言い聞かせて落ち込んでいる自分を慰めている間に、時計の針が進み、朝課外前の貴重な休み時間が残り三分になってしまった。なんてこった。

 ねぇ、と肩を軽く叩かれる感触がして振り返ると心配そうな表情で俺を見上げる灯莉がいた。

「どうした?」

「大丈夫? なんか、今朝も変な冗談言ってきてちょっとおかしたかったけど一応元気だったじゃん? でも教室に着いて自分の席に座ってから急に静かになった……。お腹でも痛くなったの?」

「ぽんぽん? ぽんぽん痛くないよ。ちょっと考え事してただけだ」

「ぽんぽんって……!」

 俺が真顔で否定したその途端に灯莉は吹き出した。俺がぽんぽんと口にすると必ずと言ってよいほどお腹を抱えて笑う。笑わせようとして言う時もあるが今日は笑わせようとして言ったわけではなかった。しかし、暗かった灯莉の顔が明るくなったことに気づいてよかったと安堵する。

「なぁ」

「ん……?」

 返事をした灯莉は笑いすぎて出た涙を拭っている。

「今朝、朝が弱くてドジっ子って揶揄ってごめんな」

 明らかに怒っている声だったから今日の内に忘れずに心の底から謝罪すると、灯莉が俺の顔を真顔で見詰めてきたので全身に緊張が走る。唇を少し開いたので何か言うかと思って待ったが無言で視線を机に落とした。沈黙に耐えかねた俺がもう一度謝罪しようとした時に、灯莉が首を横に振ったので開きかけた口を閉じる。

「ううん、大丈夫。許すよ」

 言いつつにこりと微笑んだ灯莉に「ありがとう」と俺もほっと息を吐いて微笑み返す。灯莉の言動に一喜一憂してしまうのはやっぱり好きだからだろうか。

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