第5話

 ショックを受けたからか、声が裏返った。せっかく途中で会ったのに別々に登校するなんて寂しい。家が向かい同士だった時はクラスが違っても当たり前のように一緒に登下校していた。私が中学の時に借家から新居に引っ越して離れてからも、偶然遭遇した時は必ず一緒に登下校していた。それなのに何で……。

「灯莉がどうしても一緒に行きたいってんなら一緒に行ってやるよ」

 偉そうな言い方に腹が立って、「別に」とそっけなく答えた。いつもはそんな言い方しないのに今日はどうしたんだろうか。

「私はの〜んびり一人で行くのでお先にどうぞ」

「おいおい、つれねぇなツンデレ」

 優が冗談まじりに言ってきて、つい先程受けたショックが少し薄まった。

「誰がツンデレじゃ!」

 心底ホッとしながら突っ込むと「クククッ……」と前方から喉の奥で笑う声が聞こえてきた。

「お前、素直に言えないだけで本当は俺と一緒に行きたくてたまらないんだろ?」

「何言ってんの? 優の方が寝ぼけてるんじゃない? 私はツンデレじゃないし一緒に行きたいなんて一言も言ってないよ」

 言い終えた後に素直にうんと答えることができなかったことを後悔して唇を強く噛み締めた。一緒に行きたくてたまらないに決まってる。

「確かにツンしかないもんなぁ。デレが一切ない」

「デ、デレる時はデレるし!」

「へぇ、どんな時にデレるんだ? 教えろよ」

「えーと……。今、ちょっと寝ぼけてて頭が回ってないから思い出せないなぁ!」

「おい嘘吐くな、やっぱりデレたことないだろ!」

 私はふふっと誤魔化すように笑う。

「まあいいや。せっかく会ったんだから一緒に行くに決まってるだろ。……あっそうだ」

「何?」

「俺の背中に見惚れてこけんなよ」

 本当に今日はどうしちゃったんだろうか。今日の優はおかしい。

「……ちょっと頭大丈夫?」

 寝ぼけてるのは私よりも優の方だと確信する。私に遭遇する前に電柱に頭をぶつけたのか、それとも体調が悪いのか。密かに心配しながら優の背中を見詰める。その背中は、握りしめている自転車のハンドルから手を離して数㎝伸ばせば届く距離にあるけれど、危ないからやめた。白シャツの下から透けて見えているカーキ色の下着が似合っていて、背骨の形が綺麗なことがシャツの上からでも分かる。つい先程は混乱して、『頭大丈夫?』とひどい質問をしてしまったけれど、本当は出会った頃から十二年間の中で、数え切れないぐらい見惚れた経験がある。

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