第4話

 トラウマを思い出したのが原因だろうか。いつの間にか口内に溜まっていた唾、それから思い出す直前に喉元まで出かかった言葉も一緒に飲み込んだ。

「朝から元気で羨ましい限りです。おはようすぐるん」

 代わりにそう言って、し忘れていた朝の挨拶をしてから最後に私が六歳の頃に思いついたあだ名で呼ぶ。

「ああ、俺はいつでも元気だよ。……おはようあかりん」

 そしたら期待通りの返答が返ってきて強張っていた頬がだらしなく緩んだ。

 小四の頃に、常に呼び合うのは恥ずかしいからあだ名で呼びたいと思った時のみ呼ぶことを提案してきたのは優だ。でも私が呼ぶと必ずあだ名で呼び返してくれる。優は名前に相応しく優等生なだけじゃなくて優しいから私に合わせてくれているんだと思うし、今日も多分合わせてくれた。

「けどお前は元気じゃなくて怒ってるよな?」

 どうやら声で私が怒ってることが伝わってしまったらしい。

「ちょっと揶揄っただけだしそんなに怒るなよ。朝が弱いのは事実だろ。今日は特にぼーっとしてたよなぁ……。普段より寝ぼけてたから俺が話しかけるまで後ろから近づいてきてたことにすら気づかなったんだろ?」

 いつもは寝ぼけてても優が来たことぐらいは気づくけれど、今日は考え事をしていたこともあっていつもよりぼーっとしていたかもしれない。自転車の音だけではなく優の鼻歌にさえ、至近距離に近づくまで気づかなかったのだ。また、考えていたのは悠花と、四歳の頃からの幼馴染である優のことだというのに。だから朝が弱いこととドジっ子──ではなく鈍臭いことは素直に認める。ドジっ子という可愛い呼称は私に相応しくないし、ドジっ子の域を超えているから、鈍臭いと必ず言い換えなければいけない。

「じゃあ先行くな〜。また後で教室で会おうぜ」

 優はそう言い残すと自転車の速度を上げた。

「えっ、なに、急いでんの?」

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