第58話

「あっ…あのねっ。まっ、またクッキー焼いてくるわ」


「うん」


「そっ、そしたら…また、食べてくれる…?」


「もちろん。楽しみにしてるよ」


孝直はニコッと笑った。


その笑顔にさゆりの胸がキュン…と、音を立てた。


「じゃ…また」


「…また…」


軽く会釈をして、孝直は扉へと向かった。さゆりは孝直の後ろ姿を切ない気持ちで見つめていた。


…意気地無し…。


さっき、孝直を呼び止めたのは、クッキーを焼いて来るという話をしたかったわけではない。

言いたい言葉は言えなかった…。


本当は…。

なかなか逢えない…だから、もう少しだけ一緒にいたいと、言いたかった…。

勇気を振り絞り、孝直を引き止めた…。けれど、一緒にいたいと言うことは出来なかった…そんな自分が嫌になる…。


「…孝直さん」


さゆりの言葉は虚しく、空気くうに消えていったー…。

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