第11話
前方から私の名前を呼ぶ声が聞こえてはっと我に返って視線を向けると、神代くんがにこにこ笑いながら私の方に駆け寄ってきていた。
何で!? 私は心の中で叫び、急ブレーキをかけるように即座に立ち止まる。立ち止まった後で、もし聞き間違いだったらどうしようという不安に襲われた。
でも、神代くんが私の目の前にきた途端にぴたりと立ち止まったから、聞き間違いではないと分かって少しほっとする。
また、鼻水が出そうになって慌てて鼻をすする。直後、神代くんとばっちり目が合って、まだ鼻水が出ているかもしれない顔を見られるのが恥ずかしくて、思わず目を逸らした後に俯いた。
ひすい!!
そういえば、神代くんはいつも明るくハキハキと喋るのに今日は珍しく拙い発音だったような気がする。もしかしたら、寒さで舌が回らなかったせいかもしれない。
私は神代くんのことを下の名前で呼ぶことなんてできなくて、苗字で呼び続けているけど、神代くんは初めて同じクラスになった小学二年生の頃から変わらず下の名前で呼んでくれる。
呼び方が変わらないのは堪らなく嬉しいけど、できれば笑顔も変わって欲しくなかった。いつからだろう。神代くんの目が笑わなくなったのは。
にこにこ笑っている今日も、笑っているのは口元だけでそれを隠せば目が笑っていないことはすぐに分かる。
しかし、それは、私の目にネガティブフィルターがかかっているから、笑っていないように見えるだけかもしれない。
だから、神代くんが心から笑っていないと何も知らない他人の私が勝手に決めつけるべきではない。そう分かっていても、やはり神代くんの笑顔を見る度に変わってしまったと落ち込んでしまう。
私はまた、いつものように、気のせいだと自分に言い聞かせる。それから、大丈夫だと慰める。変わってしまったように感じるものはあっても、変わらないものはあるのだ、と。
そうだ。私にとって、神代くんが、いじめから救ってくれたヒーローだということは、何があっても一生変わらない事実だ。
「おーい」
と、急に視界が暗くなって反射的に顔を上げて見ると、神代くんが私の顔の前で手をブンブン振っていた。
「うわっ! 何で!?」
驚いて思わず叫ぶと、神代くんはアーチ型の綺麗な眉を顰めて、不満そうな眼差しを向けてきた。
神代くんは私を見下ろしていて、私は神代くんを見上げている。
神代くんがクラスメイトのみんなからチビと揶揄われていた小学生の頃の、私の神代くんの身長差は数㎝だった。それなのに、成長期が到来したのか、高一の今は約十㎝もある。
「何でって。それはこっちのセリフだ。俺が目の前にやってきた途端にお前はすぐに目を逸らして俯いたから、超話しかけづれーし。表情窺ったらすげぇどんよりしてたから、もっと話しかけづらくなって……。で、少し表情が明るくなったように見えたからおーいって話しかけたんだけどさ。大丈夫かよ?」
「……だ、大丈夫だよ。ちょっと走り疲れてぼーっとしてただけだから。返事するの遅くて、ホントにごめんね」
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