第7話
話しかけるのを躊躇したことも意外だけど……心折れそうになった? 会えて嬉しかった? 喋らずに帰んのはもったいねー?
倉ノ下くんの口から思いもよらない言葉が次々と出てきたもんだから混乱して、頭が真っ白になる。
でも、どちらかというと、言われた私より言った倉ノ下くんの方が慌てふためいていて、自分の口元を押さえて、目を白黒させている。
心を落ち着かせるためなのか、咳払いを一つ挟んで、
「今日俺が話したこと全て忘れろ」
倉ノ下くんはそんな命令をしてきた。
そんな無茶な、と不服げに言えるほど仲がいいわけではない。いいな、とさらに有無を言わせぬ口調で言われれば、頷く以外の選択肢はなかった。
「帰る」
倉ノ下くんはレジ袋を持っていない右手をポケットに素早く突っ込みつつ私に背中を向けた。学校ではいつも下げパンにスリッパだけど、今日は黄土色の半ズボンと黒色のスリッパを履いている。
「あっ」
思わず声を上げたのは、倉ノ下くんが忘れているあることに気づいたからだ。
ねぇ、と呼びかけても立ち止まらなかった倉ノ下くんは名前を呼ぶとぴくりと反応してすぐに立ち止まった。多分何か一言呟きながら振り返った。最初はなんだよと言ったように聞こえたけど、あんだよだったかもしれない。
「私に質問あるんじゃなかったの? 確かあともう一つ」
倉ノ下くんは思い出したようなハッとした表情を見せた。
「おっ、そうだった、そうだった」
遠ざかっていこうとしていた倉ノ下くんが再び私に近づいてくる。
「何で自分をいじめてた奴とダチ……友達になったんだ?」
私の前、正確には私の前にあるショッピングカートの前に立ち止まった倉ノ下くんはまた想定外の質問をぶつけてきた。
「えっ?」
「友達じゃねぇのか? 玖璃の奴、私と翡翠は友達だからって口癖のようによく言ってたから。なんだ……あれはあいつの嘘だったのか」
嘘、ではない。本当の友達ではないけど一応友達だ。
だけど、何で玖璃と友達になったのか、私が私に訊きたいぐらいだ。正直に答えるなら、成り行きとしか言いようがない。
どう答えようか、と内心頭を抱える。ノーコメントと言った方が楽だけど、いつになく真面目な顔で私の返事を待っている倉ノ下くんの顔を見て、ちゃんと答えた方がいいと思い直す。
玖璃と友人になった過程を思い出しながら私は真面目に友達になった理由について考えてみた。
小六の夏休み明けに転校してきた明るい性格の女の子が独りぼっちで行動していた私に話しかけてくれた。
その転校生が私の次に玖璃と仲良くなり、転校生に遊びに誘われて、転校生と玖璃、私の三人でよく遊ぶようになった。
自分でも気づかないうちに、共通の友人になっていた。
別に心から信頼しているわけではないし、この先裏切るに違いないから玖璃と一緒にいる間は常に警戒している。
「まあ、友達だって認識してんのは自分だけで相手は友達とは微塵も思ってないことはよくあるよな……」
このままだと倉ノ下くんの中で私と玖璃は友達ではないということが事実として確定されてしまう。それはなんか嫌だと焦った私は食い気味にこう答えた。
「ううん、玖璃は友達だよ。だけど、何で友達になったのかは分からない。気づいたら、友達になってたから」
「……ふーん」
あまり興味がなさそうに、倉ノ下くんは相槌を打った。そっちが質問してからちゃんと答えたのにその態度は何だよと苛立ち、意味分かんないと戸惑い、何だかモヤモヤし始める。
少し考えて、ああ、とピンときた。倉ノ下くんはそこまで興味があったわけではなかったのかもしれない。
今の私みたいに少しモヤモヤしていたところに、偶然私を発見して、よしラッキーモヤモヤを解消する絶好のチャンスが訪れた。そう思って、質問してきただけなんだ、きっと。
そう考えたら納得して、私のモヤモヤも解消された。一つ解消したかと思えば、不意に新しいモヤモヤが現れた。
「あのさ……」
「……なんだ?」
「どうして神代くんは、私が玖璃ちゃんたちからいじめられていたことを倉ノ下くんにバ……、」
バラしたの? と言いかけて、咄嗟に「じゃなくて教えたのかな?」と言い換える。バラしたの、と尋ねたら、怒っていると思われてしまうことに気づいて。
神代くんがバラしたことに対しては正直まだ怒っているけど、やってしまったことは仕方がない。
それに、倉ノ下くんにいつまでも怒っている短気な奴だと思われたくなかった。
倉ノ下くんは買い物袋を持ち直すと、「知らねー」とそっけない口調で答えた。
「……多分だけど、幸雨は俺に自慢したかっただけなんじゃねーか?」
「自慢?」
「ああ。あいつ、この俺が泣きそうになってた翡翠……あっ違う。多原のことを庇って助けてあげたんだって、誇らしげに笑いながら俺に言ってきたからな。悪い。あいつが多原のこと下の名前で呼んでるからつい」
「ううん。別にいいよ」
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