第4話
相変わらず店内でかかっている洋楽も自分の鼓動の音も煩い。それに、いつの間にかスーパー内から山頂に瞬間移動したかのように、酸素が薄くなったような気がする。
でも、これは、倉ノ下くんのせいだけではない。九割は母親のせいだ。
「おい、多原……。いつまで俯いて黙りこくってるつもりだ? まず、さっさと顔上げて一秒でもいいから俺と目ェ合わせろ」
真正面の少し上の方から倉ノ下くんの声が聞こえた。緊張しているからかはっきりと聞こえて、いつもより低く、怒っていることがよく伝わった。
だからこそ、ショッピングカートの持ち手をぎゅっと握りしめてさらに深く俯いた。これ以上怒らせたくないなら、直ちに命令に従い、顔を上げて目を合わせるべきだ。
しかし、分かっていても、怖くてとてもできそうにない。
「なあ、多原。聞こえてんだろ?」
私は話しかけ続ける倉ノ下くんをスルーして、自分のすぐ右横にある陳列棚に視線を向けた。
そうして、目線と同じ高さにあるアーモンドチョコレートのパッケージだけをただひたすらに凝視した。甘いものが食べたい。糖分をください。
ため息を吐く音が聞こえてびっくりした私の肩はびくっと震えて、ふと気づけば倉ノ下くんの顔を見上げていた。
振り返ってすぐに目を逸らして俯いたから、こうして目を合わせるまで一体何分かかってしまったんだろうか。
「……やっと、目ェ合わせてくれたな」
自分の右目を人差し指で指差しながらそう言った倉ノ下くんは、安堵したように笑っていた。
その笑顔を見ていたら、申し訳ない気持ちが一気に込み上げてきた。もっと、早く返事をするべきだった。
ごめん、と私が蚊の鳴くような声で謝罪すると、倉ノ下くんは「いや……いい」と目を伏せつつ短く答えた。
いいって答えてくれたということは、許してくれたと解釈していいのだろうか。けど、もし本当に、許してくれたのだとしても、目を合わせずにスルーし続けたことを私は反省しなければいけないと思った。
それにしても……やっぱり目が綺麗だ。
倉ノ下くんの目が綺麗だという事実には小六の頃から気づいていた。
でも、まじまじと見ていたら殴られると思ったから見ないように充分気をつけていたし、今も鼻を見たりして適度に視線を逸らしている。
駄目だ。数秒目が合っただけでどきどきする。全てを見透かされてしまいそうだからか。充血しているのが気になるけど、透明で、他の人の瞳と比べるとキラキラ具合が全然違う。
ガラス玉を連想させるような、こんなにも綺麗な瞳を持っている人を、私は倉ノ下くん以外知らない。
私がひどく緊張して開閉する音が聞こえるぐらい何度も瞬きをしていると、倉ノ下くんが再び話し始めた。
「目を合わせないこともイラついたけど、もっとイラついたのは……。せっかく俺が、『こんなところで会うなんて奇遇だな』って普通に話しかけたのに、何でてめぇは無言でこくこく頷くだけなんだよ。……てめぇは、蛇が突然襲いかかってきてぶるぶる震えるハムスターかよ?」
ショッピングカートを挟んで目の前にいる倉ノ下くんの顔には苦笑いが浮かんでいた。違う、と私は否定しようと口を少し開く。
が、結局恐怖に屈して閉じて、迷いながら無言で首を横に振った。
倉ノ下くんは自分のことを蛇に喩えたけど、私は倉ノ下くんを動物に喩えるならオオカミだと思う。オオカミ顔だし、前髪を上げていて、ニキビが一つもない額と綺麗な生え際が見えている男らしい髪型は、顔によく似合っていると思う。
しかし、どうしても、威圧感を感じてしまう。短い上がり眉と、奥二重でやや吊り上がった目尻と鋭い目つきは、威圧感をさらに増幅させている。
多分、そこまで怒ってないんだと思う。けど、話すのはやっぱりちょっと──いや大分怖い。
「何だよ。また黙んのかよ……」
倉ノ下くんは呆れたような声音で呟いて、今度はつい先ほどついたものより重いため息をついた。私は何も言えない。
倉ノ下くんは言おうか言うまいか迷っているような間を置いて、言いづらそうに口を開いた。
「そんなに俺が怖いか? でも。てめぇは学校にいる間、俺が話しかけてない時も、ずっとビクビクオドオド萎縮してるよな? ……
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