第3話

 やけに大きく聞こえる、店内で流れている洋楽が恐怖感と不安感を増幅させる。頭皮から噴き出してこめかみから頬に伝ったのも、ダラダラと背中を伝っているのも、間違いなく冷や汗だ。


 鳥肌が立っているのは、店内の冷房が効きすぎていて寒いからではなく、怯えているからだ。


 お盆休み明け初日の今日、私は、自宅から徒歩約三分ぐらいのところにあるスーパーマーケット内で、音ではなく、ショッピングカートを挟んで自分の目の前に立っている人間に怯えている。


 その人間の名前は。小学六年生の頃に都会の小学校から私が通っていたド田舎の小学校に転校してきて、そのまま同じ中学・高校に進学して同じクラスになった、くらした蒼壱あおいくんである。


 もし過去に戻れるなら。午前中の夏補講で疲れた頭と心を癒すためにのんびりとゲームをしていた約三分前に戻って、過去の私が家を出る前に、今出ると倉ノ下くんに会うから出るな、と今の私が全力で止めたい。


 まさかこんなところで、同級生というか倉ノ下くんと遭遇するとは思いもしなかったのだ。そう。想定外の事態が起こって私はパニックに陥っている。


 入店して、売り切れる前に購入するために卵売り場に向かおうとお菓子コーナーに入った直後に、突然後方から倉ノ下くんに話しかけられた。だから頼まれた物をまだ一つも入れておらず、買い物カゴの中は空だ。


 ごめんなさい。おつかいミッションはクリアできそうにありません。いつも通りに行動しているなら、既に料理を作り始めているだろう母に心の中で謝罪した。


 卵と牛乳とマヨネーズを買うことができませんでした。でも、私は一日ぐらい弁当と朝ご飯に卵焼きがなくても文句は言いません。


 私とお姉ちゃんとお母さんはお腹が痛くなるから、お父さんしか飲んでいない牛乳はなくても別に困らないし、マヨネーズはなくても醤油や塩で代用できます。大丈夫です。何も問題ありません。


 だから、どうか倉ノ下くんから逃げて家に帰ることをお許しください。


 優秀な姉と違って、無能な娘で本当にごめんなさい……。


 何も買わずに帰宅してきた私を見て、母が般若のような形相かつヒステリックな声で怒鳴る光景を想像しただけで、身が竦んだ。


 いつものようにこう言ってくるに違いない。


 お姉ちゃんがいればあんたになんか頼まなかったのに。ほんとに何やらせてもできないよね。なにならできるの? 教えて。


 でも、本当にそうだ。母親の言う通り、私は一体なにならできるのだろうか。

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