第2話
ただ、医者に診てもらっていないから違うかもしれない。今のところ、聴覚過敏(だと仮定すると)になった原因は不明だ。
しかし、母には一つ心当たりがあるらしく、それは父の怒鳴り声だ。
私がまだ母のお腹の中にいた時に、父は毎日のように母を怒鳴りつけていた。
また、近くにあったテレビのリモコンや受話器などを投げつけてきて破損させたり、引き戸の窓ガラスを割ったり、母を庇った四歳の姉を殴り飛ばしたこともあったそうだ。
今でこそ、緊急のトラブルが起こらなくて飲み会も行われない日は夕方に帰ってくる父親だけど、その当時は仕事が多忙で、残業して夜遅くに帰ってきていた。
だから、会社内では吐き出せずに溜め込んでいた感情やストレスを当たり散らす場所が家庭しかなかったのかもしれない。
仕方がない。お父さんも大変だったのよ、と言った時に母が見せた寂しそうな笑顔が今でも忘れられない。
私は母の話を聞いてから、聴覚過敏になったのは父親のせいだと思うようになった。でも、私が心底嫌いで憎んでいるのは、父親ではなく母親だ。
普通の人間に産んでくれなかったから、は嫌いな理由に含まれているけど、主な理由は母が言葉の暴力を振るうからだ。姉に暴力を振るったことがある父と似ていると言えるだろう。
母は、言ってはいけない言葉を息を吐くように言うのだ。
いくら、父が手伝わないせいで一人で家事と育児をせざる得なくなり、切羽詰まっていたからといっても、子供の存在そのものを否定するような言葉を言ってもいいのだろうか。いや、言ってはいけないと思う。
後でどんなに謝罪したとしても、一度二酸化炭素と一緒に吐き出した言葉はもう二度と取り消せない。
あんたなんか産まなきゃよかったッ!!
確か、これは私が九歳の時に、脱衣所で言われた一言だ。母の冷たい叫び声が耳にこびりついて離れなくて、寝る前によく思い出して泣いてしまう。
なんで、生まれてきたんだろう。私が心の中でそう嘆くようになったのは、母のその一言が私の心の柔らかいところに突き刺さったその日以来だった気がする。
もし、神様がいたら、何歳になったら死ねるのかと私の寿命が分かるまで問い詰めようと思っている。
ねえ、お母さん。生まれてきてごめんなさい──。
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