第39話 サ終手前の元覇権ゲームを極めた俺、再ブームした世界で無双する。

side ツクヨミ


雲から飛び降り、即地上へ。…と思っていたのだが、重力を感じさせるような速度は無く、演出なのかなんなのか、後光を伴い地上へとふわりふわり、一定の速度で降りていく。



さぁ。これが運営との約束だ。



ヒノカグツチのやつは喋ってしまっていたし、運営も別に喋ってもいい、とは言っていたが、なるべく喋らない方が露呈せずに済むだろう。俺は基本的には無言で行こうかな。



立ち回りを考えているうちに地に足がつく。

このアカウントは前アカウントである【ヨミ】をそのまま作り替えたモノだと運営は言っていた。見た目、装備こそ変わっているものの、体格はそのままだ。動かしにくいという事もなく、むしろ【トーマ】よりも良く馴染む。


ステータスには上限値開放と多少のバフが掛かっているというが、バフの倍率自体はそこまででもなく、当時とそこまで変わっていないと言っていたし、前回のログインでも難なく動けた為、動きがぎこちなくなる事ないだろう。



さて。状況を整理しよう。


その地にて暴れるは単眼の巨人。

周囲の地面のみならず、全体的に大地は抉れており、とてもだったとは思えないほどに凸凹と、まるで月面のように荒れていた。

降りてくる間に見えていた投石のせいだろうか、各地にクレーターのような穴が出来ている。


先ほどまでわらわらと居たプレイヤーは、巨人によってその数を大きく減らしていた。残る者達もログアウトする訳には行かない。と息を潜め、単眼に捕捉されないように岩の影で小さくなって隠れていた。



これなら周囲の被害で気に病む事は…そこまでないだろう。どうせ気にしてもしょうがないのだ。



『Graaaaaaaaaaa!』


単眼がこちらを捉える。

新たな玩具が来たぞと喜び吠える。


お前も楽しいんだな。

一緒だな、俺も楽しいよ。



思う存分遊ぼうか…!



グッ…!と脚に力を入れ単眼向けて踏み込む。

たった一歩。それだけで数十メートルといった距離を一気に詰める。この疾走感、景色が後ろへと流れていく視界に、少し懐かしさを覚える。




-未来視。


我ながら創作チックというか、厨二チックなイタい二つ名に恥ずかしくなるが、他称であったためどうする事もできなかった。気づいた頃には周りから呼ばれていたのだ。


そもそもの話、俺はそこまで動体視力が良かったわけでも、目が良かったわけでもない。ただ速さに慣れただけなのである。


というのも、AVOを楽しむ上で最初の壁である【VR慣れ】の次に立ちはだかるであろう壁の中の1つ。 -ステータス。

その中でもAGI俊敏さが、1番人間の感覚を狂わせる。これに苦しめられ、数多くのプレイヤーがこの世界を去っていった。



この世界においてこの壁を乗り越える方法は大きく分けて二種類存在する。

1つは自分の反射神経が追いつける範疇の速度でプレイし、慣れたら少しずつ上げていく方法。

これは脱落しなかったプレイヤーの殆どが通った道である。


そしてもう1つ。その速さにただひたすらに慣れるのだ。

難しい話など一切ない。ただ、動き続ける。酔っても吐いても諦めない。その速さを目に、脳に叩き込む。



…俺は後者だった。

サービス開始当時、遊ばれていた大体のMMORPGはAGIにある程度のステータスを振る、というのがセオリーであった。当然AVOも例に漏れず、セオリー通りが良いと思われていた。


事前情報のない第1陣組、要するに俺のような情報のない中で、我先に強くなろうとしたプレイヤーの殆どはAGI振りしてしまったのだ。その結果が誰1人としてそのステータス差に頭がついて行かず、プレイ人口が激減。その中でも前述の通り時間を忘れのめり込むほどに遊ぶであろう第1陣スタートダッシュ層を多く失ったために、サ終間近まで追い込まれる事となったのである。



ダーシュはAGI振りをすると失敗する、とわかっていた第2陣だ。他の知り合いも大体は2陣以降。因みにブレイは第1陣ではあるが、己の道を行く、と言わんばかりにAGI育成をしていなかったため、その壁にはぶつからなかったので先の2つの選択肢に当てはまらない例外ではあるが。



俺も最初にAGIに振った。大いに振った。速さこそ正義だと信じて疑わなかったのだ。


最初の壁であるVRを越えていただけに、とても悔しい思いをしたものである。

こんなにも面白そうな世界があるのに俺は楽しめないのか、と。



周りが1人、1人と諦めていく中、なんとか喰らい付いた。街中で何度も物にぶつかった。森で何度もゴブリンに一方的に殴られ続けた。それでも、それでも辞めなかった。


そんな最中に出会ったのがブレイとタマウカだったりするのだが、それはまた別の話だろう。



そしてその異常な速度に脳が慣れ、身体をある程度動かせるようになった時に気づく。

?、と。


そして調子に乗ってまたAGIに馬鹿みたいに振った。また身体が、目がついていけなくなった。


諦めなかった。何度も慣れようと身体を動かした。



繰り返し続けた結果が速さに慣れた爆速の【ヨミ】の完成である。



-しかしここで問題が発生する。


のだ。



最初こそ速度を売りにした戦い方を続けていた。被弾する事もなく、技は大体当たる。何故なら相手が遅いから。しかし遅いのは仲間も同じなのだ。


全くと言っていいほど連携が取れなかった。ソロで遊ぶのであればそれも良いだろう。しかしAVOはMMORPG、ソロで遊べないわけではないがマルチで仲間と連携をとり強敵を討ち取る、なんてのも醍醐味の一つだろう。


ではどうするか。



全速力を出さずに自らブレーキをかけたのである。


仲間と連携が取れる範囲の速度に留めた。するとどうだろう、今までの速度に慣れた脳がバグりだしたのだ。敵の動きが視える。どう身体を動かせば躱せるかが視えるのだ。


最初こそ危ない時は速度のリミッターを外して躱していた。それも時間を経る事で通常速度で、かつ少ない動作で躱せるようになっていった。躱す事に慣れた俺はカウンターをし始める。何故なら技が当たると信じて突っ込んできた無防備な体躯が目の前にあるのだから。



こうして爆速から未来視のヨミへと変わっていったのが、未来視と呼ばれるようになった事の顛末である。



因みに以前、くろいゴブリンと戦った際は視界の外からの攻撃であったため、感覚頼りになってしまった。視界の外は流石に難しいものである。



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【トーマ】の速度に慣れ始めていた為か少し反応に遅れた。そうかからずに感覚のズレが落ち着くも何処か違和感を覚える。こんなに速かったっけか?


その思考と同じか少し遅れて、後ろの方で爆発が起きる。新手だろうか、意識を前方の単眼から少しだけ外し、ちらと後ろを見る。



結論からして新手ではなかった。

俺のであった。



いやいやいや… はい?

そんな事起こった事がない為思考が一瞬フリーズする。


全速力を出した時に少し出た… ような気がした事もあったが、世界に変化を与えるほどの衝撃が出た事など1度もない。


多少のバフ? 倍率自体はそこまででもない?

大嘘つきではないか。なんだこのバケモンは。…俺か。



爆風によって岩の裏に隠れていたであろうプレイヤー達が空へと飛ばされる。可哀想に、交通事故にでも遭ったと思ってくれ…。



新手ではなかった為、再度前方の単眼へと意識を全て向ける。距離はまだあるが【ヨミ】であればな、1発かましてみるか。



腰に刺した刀… 愛刀であったメイン武器をこれまた作り替えた一振り。


名を【月詠】。ありきたりというかそのままというか、捻りも何もないが俺専用、という意味ではこれで良いのだろう。他の誰が使うという訳でもないしな。



月詠に手を掛け抜刀、そのままに一閃。振るわれた刀身から出た斬撃は、単眼目掛けて大地を抉りながら直進していく。



ズガガガガガガガッ



道中居た哀れなプレイヤーやモンスターが巻き込まれていく。

直撃した者は宙を舞う事なく、当たった瞬間体力を全損し溶けていく。また直撃を運良く逃れた者も、宙を舞ってこれまた大地に吸い寄せられ体力を全損する事となった。



そしてその諸悪の根源斬撃は、単眼の右手を吹き飛ばし、それでも尚止まる事なく地面を抉り続けていくのであった。

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