第38話 side 運営

side ???



視界が開ける。



見上げれば濃紺の空には星々がきらきらと瞬いており、見下ろせば眼下に広がるは広大な土地。目を凝らせば蟻のような大きさの粒が何かをしているのが見てとれる。



そこは先日ログアウトした場所である



『少し遅くないですか〜?』


背後からふわふわとしたゆるそうな声がしたかと思うと、声の主は不服そうな顔をしながら視界へと、これまたふわふわと入ってくる。



『言われていた時間通りだと思うんだが?』


『こーゆー時は5分前行動、って習わなかったんです〜? 時間にルーズな男は嫌われますよ〜?』


一体どういう時なのだろう。

少なくとも指定されていた時刻には着いている。とやかく言われる筋合いはないはずだ。



『それで? どういった要件なんだ?』


『気が早いですねぇ〜… 急かす男は嫌われますよ〜?』


先ほどまでルーズはダメだなんだと言っていた割に、急かしたら急かしたでディスられる。

しかし文面だけでは何をして欲しいのかも分からない。

これから自分が何を成さないと行けないのか気になってしまうのは俺でなくともそうだと思う。



『不服そうな顔してますねぇ…。』


『読み取れるんじゃなかったのか?』


『同格は読み取れないんです〜。 思ったより不便ですよね〜。』


と、彼女は言う。

運営サイドは互いに読み取っても仕方ないという事なんだろうか。



『脱線してしまったじゃないですか〜。 時間もない事ですしお仕事の話しますよ〜? も〜。』


きっと俺に文句を言いたいだけなのだろう。もしかしたら恨まれるような事を気づかぬ内に何かしてしまっていたんだろうか?



『こほん…っ。今回の依頼は【ボスの討伐】にあたります。場所は。現在のプレイヤーでは到底敵うレベルではない相手の出現のため、あなたに依頼します。』


仕切り直したのか急に堅苦しい、依頼主らしい事務的な喋り方へと変わる彼女。



『出現のため…って、出現させているのは運営組では? 何故こんな事に。』


『そうかもしれませんしそうじゃないかもしれませんけど、そのフォローのためにの貴方が処理しに行くんですよ〜?』


そうでしかないだろう…。

どうやら運営による設定ミスの尻拭いだったようだ。大丈夫かAVO運営よ…。



『色々と管理が杜撰なのでは? 再スタートでバタついてるのは分かりますけど…。』


『いーからもう行ってください〜! 私小言は受け付けてないんです〜。あっ! ほらほらっ、もう居ますよ?』


これ以上聞きたくない! と両耳を抑えるような大袈裟な素振りをした後、良い所に見つけた! と言わんばかりに、眼下に広がる平野を暴れ回っている山のような大きさの人型を指差した。絶対たまたま見つけただろう…。


これ以上ここにいても「はよ行け」と急かされるだけに思える。さっさとお仕事に向かおうか。



『分かりました分かりました! 行ってきますから! 前聞いた通りでいいんですよね?』


『えぇ。1です。思う存分暴れてきてください〜。』



そう言ってぐいぐいと背を押す彼女。分かりましたってば。


こうして俺はに向けて雲の上から飛び降りるのであった。




………




『は〜… やれやれ。勘がいいのも考え物ですね〜?』


彼女のため息混じりの独り言は、誰に聞かれるでもなく空へと溶けていった。



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side バイト



俺の名前はバイト!

操作性が悪いせいで流行らなかった神ゲーが遊びやすくなって帰ってくる!って聞いたから、大型アップデート後から参戦した初心者組だ!



「お〜い。何ぼーっとしてんだ〜?」


今話しかけてきたこいつはカーマ。奥の方にいるのがセーヌだ。

彼等も俺と同じ初心者組、ゲームを始める前にスレで出会った仲間達だ。


元々スレで意気投合した俺達はここまで初心者だけで進めてきた。

1日目はたまたま高ポイントを吐き出すレアモンスターに遭遇したお陰でランキング上位に食い込めたんだけど、そんなのただのラッキーパンチ。ビギナーズラックが長続きする訳もなく、俺達はランキングを緩やかに落としていっていた。時間をなげうって周回しているのに順位はどんどん落ちていく。これが初心者の限界なのだろうか…?



「またスレ見てた。」


「俺も人の事言えないけど、スレ廃人すぎねぇ?」


「こういうのは情報が大事なんだって! ランキング伸び悩んでる今手当たり次第じゃダメだと思うんだ。」


「それでなんかいい情報はあったのか?」


遠巻きから話を聞いていたセーヌが話に参加する。



「同じ人間族エリアでおもろい事やってたっぽい。逃したなあ〜…。」


「まじか。こればっかりは情報戦だもんなぁ。」


成果なし、情報なし、アテなしの現状に嘆いていたところ、運営からメッセージが届く。



「イベントだってよ!」


「これに賭けるしかないよな〜…。」


「なぁ、超危険地帯って気にならん?」


「え!?なにこれ一択じゃね!?」


「ハイリスクハイリターンっしょ!」


「大チャンスだ! 行くしかねぇだろ!」


渡りに船。俺たちが再び上位に上がるためには危険を伴わなくては難しい。


最大の好機到来と言わんばかりに俺たちは早速街に戻り、ポータルへと足早に向かうのであった。



イベントは明日の12時からなので今から向かっても仕方がない。という事実に気づいたのは、ポータルに着いてからの話だ。



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翌日。

初めて来た街並みには目もくれず、エイグの街に来た俺たちは遅れてたまるかとサバン平野へと駆け出した。


周囲には獣人族のみならず多種多様な種族のプレイヤーが、ポータルから出てきたかと思えば同じ方向へと駆け出していく。彼等もまた同様の理由なのだろう。



「なんかすげぇな!コミケみてえだ!」


「わかる、俺もそう思ってたとこ!」


「この雰囲気堪んねえな!」



はやる気持ちに燃料をくべるような、周囲の身に覚えのあるような熱気。ここはその覚えの出どころと違って走る事を制限されていない。

気持ちが燃えると同様に、走る速さも増して行った。



-サバン平野。


獣人族エリア最初の街、エイグの街から少し行った所にあるこの平野は、名前の由来であろうサバンナじみた風景をしており、所々に大きな岩が遮蔽物として存在していた。

因みにサバンナモチーフだからかライオン…のような猫モンスターや、ハイエナ…のような犬モンスターが徘徊している。



平野にはイベント時刻までの手持ち無沙汰を何とかしようと、少しでもポイントを集めんと徘徊モンスターを討伐するプレイヤーが多く存在していた。その数はあまりにも過剰。全員が一発逆転、一攫千金を夢見てここに来たのだろう。


俺たちもそれに倣ってポイントを集める。この1ポイントが雌雄を分けるかもしれないと思えば苦ではなかった。



-12時。


開始の時刻となり周囲がざわつきだす。それに合わせて俺たちの心も緊張と期待が増していく。


視界の端、何かが見える。

あんな所にあんな背丈の山はあっただろうか?


それに目を凝らすまでもなく、その異変に俺たちプレイヤーは気づく事になる。



-動いたからだ。

地面がその動作に合わせてわずかに揺れる。それの近くにいたプレイヤーと比較すると大体20メートルほどの高さだろうか? ビル8階ほどに相当する背丈は、遠くからでもその存在感を主張していた。


思わず身近な箇所にあった岩に伏せて隠れる。これだけの距離があるのだ、まだ隠れる必要はないんじゃないかと考えるも、直感がそれを良しとしない。

カーマとセーヌも同様の何かを感じ取ったのか、似たような岩に張り付いていた。



結果としてその直感は正解だった。

巨人はその巨腕を地面を擦るように振るう。


我先にと、巨人を討伐しようと群がっていたプレイヤーは宙を舞う。



巨人はその単眼で捉えた遠くの相手目掛けて手頃な位置にあった岩を放り投げる。


遠距離から攻めんと、魔法を構えていたプレイヤーは岩に押しつぶされて消えていった。



『Graaaaaaaa!』


その単眼は吠える。しかしその咆哮は攻撃が効いているからでは無さそうだ。剣も、魔法も、全てその岩のような肌に弾かれ意味を成していないように見えた。



間違えた。

超危険地帯を初心者にどうこうできる訳がなかったのだ。欲をかいた。失敗した。普通のエリアでボスを狙うべきだったのだ。


少しでも今隠れている岩から姿を現そうものならあの単眼に捕捉されてしまう気がして外に出られない。見つかればあの岩が飛んでくる。そうなれば即退場、確実にランキング上位の夢は永遠に夢のままとなってしまう。


だからといってこのまま隠れているだけでは何も状況が動かないことに変わりはなかった。


どうする…どうすれば良い…?

俺が物語の主人公であれば、何か幸運的な何かが起こってこの状況を打開出来ただろう。何か、何かないのか…?



奇跡を願う俺に、いや、正確には単眼の巨人によって荒らされ続けるフィールドに変化が起きた。



DANGER!DANGER!DANGER!


唐突な警告音。それは不快に感じられるようなアラートと共にフィールド中に鳴り響いた。

まさか巨人に捕捉されてしまったのだろうか?


しかし、そんな予想とは裏腹に、運営から繰り出されたウィンドウには予期せぬ警告が表示されていた。



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警告


ワールドボス【ツクヨミ】がサバン平野に顕現します。

フィールド内のプレイヤーは各自最大限の警戒をしてください。



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天変地異が始まる。

奇跡を願った俺を待ち受けていたのは、さらなる地獄だった。

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