第31話 横槍
【
ただひたすら目の前に集中していいと、そうお膳立てされたのだ。仮にも
目の前にいるのは自分がこれでもかと求めていた強敵。
獲物の軌道を読まれれば簡単に折られる。
-動きを読まれてはいけない。
少しでも離れれば灼熱のブレスの餌食になる。
-距離を取ってはいけない。
敵の肌は鋼鉄のよう。鱗のある部分はより硬い。
-闇雲に当ててはいけない。
己に求められるはインファイトでの完封。
邪魔する物はここには居ない。集中しろ。
集中-。
………
……
…
-踏み込む。
動作の立ち上がりが無かったが故に
正面を守ろうと交差させた腕の付け根を、下から斜めになぞる様に切り上げる。
-出血。上手く通ったようだ。
敵はまだ何が自分の身に起きているのか理解できていない。-追撃する。切り上げた刃をそのまま、所々生える鱗を避けながら背に生える翼と肩甲骨との間をなぞるように。
-これまた出血。足を止めてはいけない。
ようやく背後にいると認識したギニーは腕を振り回す。そんなモノ当然視えている。既にそこに俺は居ない。少し背を屈め頭頂に風を感じる。目の前には隙だらけの、先ほど切り付けて出血をしている脇がある。切り下げた刃を再び付け根に沿うように。
-再び出血。傷はさらに大きく広がり、少し腕にかける力が落ちているように感じた。
ギニーは焦る。
当たらない。
そこに居たはずなのに。
見えない。
そこに居るはずなのに。
当たらない。見えない。当たらない。見えない。焦る。当たらない。焦る。見えない。焦る。焦る。焦る。焦る。焦る。………
いつの間にか、その異様さは戦場を包み込んでいた。
目の前の雑魚に集中しなくてはいけない。
-なのに目が向いてしまう。つい気になって見てしまう。
【戦場指揮】を掛け直して場を引き締めなくてはいけない。
-そんな行為が水を差してしまうのではと錯覚するほどの完成された動き。これは見る芸術なのではないかと納得してしまうほどの完成された一方的な暴力。
ギニーは満身創痍だった。
集中して狙われていた左腕はもうそこには無い… いつの間にか身体と別れを告げ、地に落とされていた。
立派に生えていた片翼は見るも無惨にボロボロに。
手を止めてもいいように、ズタズタにされた喉はもう火焔を溜めることは出来ず。
肌の色は最初から緑だったのではないか、と錯覚するほどにその血に塗れていた。
「す、すっげぇ…」
思わず声が出てしまった。というような、心の声が誰かの口から飛び出る。
文字通り圧倒したのだ。
獲物は輝きを失っておらず、刃こぼれひとつない。硬い箇所を避け続け、ひたすらに撫で斬りし続けた結果だ。
獲物が頼りないが故の出血を狙った動きだったが、気分が乗ったのか腕を落とすまで没入していた。
『グァ××××××××…ッ!』
ブレスを封じるべく喉も狙った結果、怒りから来る咆哮もまともに出せないらしい。
『ここまでとはァ… 少々侮っていましたかァ…? 予定よりかなり早いですが手遅れよりはマシ…ですかねェ…。』
ウカに狙われ続けていたザモンも、ローブの所々に穴が空いており、左手には赤い染みが出来ていた。かなり苦戦を強いられたのだろうと予想できる。
まだ何か企んでいるようだが下手なことをされる前に潰す。
再びインファイトの距離へ踏み込もうと意識を向けたその時、直感が警鐘を鳴らす。
「…上か?」
『カッッッ…!』
突如爆発音と共に空から黒い雷が敵全てに迸った。
『ドッッカーーーーーーーーン!!!』
衝撃で土煙が巻き上がり視界を奪われる。
『…ォォォオオオオオ! 神よ!!見てくださっているのですね!!!!』
今までの芝居掛かった口調とは打って変わり、熱心な神官の様なそれに変わるザモン。
「はぁ…!? アシストシステム強制終了ってどういうことだよ!? オイ! 聞いてんのか!?」
それとは別に周囲から怒声が聞こえる。その方を伺ってみると、何やら光の玉に向かってブチギレている様な姿のプレイヤーの影が、土煙の奥に見えた。
…土煙が晴れる。
待ち受けていた光景は、
肌の色が黒く変色したゴブリンの群れと、五体満足、先程まで負っていた傷を全て完治させるだけには飽き足らず、1対の完全な翼を生やし全身を鱗で覆う、完全体となり赤く染まったドラゴブリン。
そして何処か動きがたどたどしくなっているプレイヤー達の姿だった。
地獄の第3ラウンドが幕を開ける。
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