第30話 背水の王

魔術師風のゴブリンが詠唱を完了させると、俺とゴブリンキングとの間に魔法陣が出現した。


何か嫌な予感がする、今までAVOの世界で見てきたようなの魔法陣ではないだろう。このまま放置する訳にも行かない。と周囲の傭兵プレイヤーも判断したのか、雑魚を相手にするのをやめ、遠距離攻撃の選択肢を持つ者によって妨害が入る。が、既に遅かったのか、それともそもそもの話、介入することができなかったのか。魔法陣はその役割を果たし切る。



『これはこれは! 大当たりではないですかァ!』


魔法陣の中から顔を出したのは圧を感じさせる竜の顔。赤い鱗を全身に纏い、巨大な1対の翼をその背に生やし、巨木と見間違う尾がその身体に続いている。


その姿に少し違和感を覚えたが、とても見覚えのある相手だった。嫌というほどに関わってきた相手だ。



-レッドドラゴン。

山岳や神殿等のフィールドに生息しており、強靭な体躯と炎のブレスを活かした攻撃をしてくる、AVO中盤から後半にかけて出現するモンスターだ。全長は10mを超えるものしか見た事がなかったが、目の前にいるのは3mほどで体の所々にノイズのような物が走っている。


前述した通り、本来であればここに居ていい存在ではない。

考えるまでもなくコイツがここにいる理由は先ほどの魔法陣。

魔術師風じゃなく、召喚士と言うべきだったのだろう。先ほどの口ぶりからして召喚されるものにはある程度のランダム性があるのだろうか。



ここから先、ドラゴンも一緒に相手にしなくては行けないのかと、全体の士気が大きく下がる。中には絶望からか諦めている者もいるように見えた。


しかし、驚くのはまだ早かったらしい。戦況の変化は終わっていなかった。



『さぁ王よ! ドラゴンの力をその身に取り込むのです!!!』


魔法陣より現れたドラゴンは何をする訳でもなく、その身体を溶かしていく。


まさか代償を必要とする儀式系魔法の為か、と警戒レベルを一気に引き上げる。

だが、そんな予想に反し訪れた光景は信じられないものだった。



「喰ってる…のか…?」


残っていた傭兵が、目の前の光景が信じられないと口にする。

ゴブリンキングは目の前で溶け出したドラゴンだった物に近づいたかと思えば一心不乱に喰らい出した。


見た所その姿は喰う事にしか意識が向いておらず、隙だらけのように見えたがどうも嫌な予感がする。その異質性に呑まれたのか、妨害に動けたプレイヤーは数少なく、トーマ自身も獲物がこの一振りしかない為に、自身の直感の事もあり観察に努める他なかった。



結果としてその判断は正しかった。


雰囲気に呑まれていたプレイヤーが気を取り戻すと共に、好機到来!とその手に持ったメイスでゴブリンキングに殴りかかった。

しかしそのメイスはインターセプトしてきた雑魚ゴブリンに勢いを殺されたかと思えば、ゴブリンキングに掴まれそのまま喰われてしまった。プレイヤー自身も手を離すタイミングがもう少し遅ければ一緒に取り込まれていたかもしれない勢いでのことだ。


そのまま飛んでくる魔法にも我関せずで食事を続けていたゴブリンキングに変化が現れる。


武器を用いた近接も、魔法を使った遠距離も効果がない。俺達は黙ってその変化を見届ける他なかった。



『変化の間に攻撃するというのは野暮、と言う物ですよ? 少し時間もありますし… そういえば貴方には名乗っておりませんでしたねェ、これは失敬。 私の名前はザモン。こちらは… 今は少しゴブリンらしくありませんがしっかりと我らが種の王、ギニー様です。お見知り置きを。』


丁寧なお辞儀に、これまた丁寧な口調で、まるで人間かと思うような立ち振る舞いをしてくるゴブリンザモン



ちょうどを狙ったのか、挨拶を終えてザモンが顔を上げたというタイミングでゴブリンキングギニーの変化が完了する。


これが荒唐無稽であったゴブリンキングの特異性のあった情報の正体だろう。



『ドラゴブリン…とでも言いましょうか? 私ネーミングセンスというものを持ち合わせていないのですよねェ…』


特徴をそのままくっつけた様な名付けをし、自身のセンスをクククと自虐気味に嗤うザモン。しかしその名付けの通り、先程までそこに居たドラゴンを取り込んだためか、黒くゴツゴツしていた肌は赤黒く変色し、所々鱗が生えていた。背には完全に継承しきれなかったのかの翼を生やし、より歪となった口元からは体内に溜め込みきれない火焔がその顔を覗かせていた。



なんの合図もなく双方が動き出し戦闘が再開される。

先程まで雑魚ゴブリンを相手取ってくれていたプレイヤー達も、ドラゴブリンから視線を外すわけには行かず対応しようとするだろう。ドラゴブリンが全体のヘイトを買ってしまっている、という訳だ。

現状指示系統も取れていない為乱戦になってしまう、このままではかなりまずいだろう。


次の行動を早急に決めなくてはいけない中、雑魚の群れの中から1人の傭兵が飛び出してきた。先ほどのプレイヤーだ。



「…侍ニキ侍ニキ! 兄さんならあのボス、なんとかできないかな!?」


「止めるだけならなんとかなる、けど周囲から魔法とか飛んできたら流石に無理だな…。」


「その答えで十分! 兄さんは集中してくれ! 指揮は任せろ!」


そう言うや否やその傭兵は、先ほどのギニーに負けないくらいの声量で叫び出した。



『総員! ボスはヨミ様が対応してくれる! 俺らは援護!雑魚どもを寄せ付けるな!』


「「「…おう!!!」」」


-【戦場指揮タクトボイス

味方と判断している対象に向けて声を届ける。という一見シンプルなスキル。しかしただ届けるだけではスキルに昇華するわけもなく。効果としてどれだけ対象が混乱していようとも、その言葉を理解できるように届ける事ができ、強制力こそ無いものの、その指揮に従う様な行動をすると若干ではあるがバフがかかるというもの。

こういった乱戦では特に重宝されるスキルであった。


前述した通り強制力はない。そのため、ほぼ二つ返事で了解の意が返ってきたのは単に彼がこの戦場である程度の信用を勝ち取っているからなのだろう。



「あ、お名前借りちゃって良かった!? 事後報告でほんとスマン!」


「いや、気にしないでくれ。かなり助かったよ。こっちは任せてくれ!」


「…おう! 頼りになるなぁ!」


そう言って傭兵は雑魚の群れへと戻っていく。

ここまでお膳立てして貰ったんだ、俺もやるべきことをやらないと。



俺は再びドラゴンの因子を取り込んだゴブリンの王、ギニーへと向かい合うのだった。

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