第29話 鬼の王

時は少し遡り。


めちゃくちゃになる送り出し方をされ、年甲斐もなく少しテンションが上がってしまっていた。ニヤけて格好が付いていない、なんて事になっていなければいいが。



「トーマ、顔…。 ああいう人がいいの…?」


「いやこれはそういうのじゃなくて…!」


ダメだったらしい。めちゃくちゃウカから不機嫌さが伝わってくる。どうやら理由は勘違いされているもののニヤけてしまう感情は隠しきれていなかったようだ。言い訳を口にしたら不機嫌なオーラが増したのでこれ以上何かを言うのはやめておいた。


だってしょうがないじゃん… あんなん男の子だったら憧れちゃうじゃん… 【中学生が言われたい台詞ランキング】上位に食い込んでくるんじゃないだろうか? 俺は童心を捨てていなかっただけである。ゲームの中くらい童心に帰ったっていいじゃんか…。



心の中で言い訳を続けつつも、俺達の足は止まっていない。随分と平和的な会話をしているが事態は急を要するのだ。



「んじゃあセンパイ、ウカっち。 この先はお任せするっス。」


「あーしたちに露払いは任せてよっ!」


救護の為のエリアを抜け、もう敵の尖兵が見えるという所で、自身の胸をドンと叩き、俺に任せろと言わんばかりに送り出すダーシュと、ぶいっとピースする配信モードのアメさん。



今更2人の心配など必要ない。後方を信じ、俺達は雑魚を無視してボスへと進むだけだ。



ウカと共に戦地を駆ける。

雑兵共がこちらに気づき攻撃を仕掛けようとするも全て無視して将へと向かう。


本来であれば背後を取られる危険を全て放置して向かうなど下策中の下策。時間がないとはいえ十中八九、いや、10人に聞けば10人が「何してるんだ? 素人か?」と答える選択だろう。


しかし俺達の後方には対多数のベテランがいる。ヤイチの名を知る者であれば10人中10人のところが1人くらいになるのではないだろうか。



ゴブリン達が自分たちを無視し将へと向かおうとする無法者の首を取らんとこちらを伺う中。後方、ダーシュ班と別れた辺りから炸裂音がしたかと思えば、何百ともいう矢が光の尾を伴いながら敵を穿たんと飛来する。



アプデ前にもよく見た光景。正式な技名がゲーム公式の方で明言される事はなかったので【ホーミングメテオ】とダーシュは呼んでいたっけか。


ただひたすらに魔力を練り込んだ矢を何十、何百と、照準を定めた対象に向けて射出する技であり、【魔矢】+【ホーミング】+【五月雨打ち】スキルの複合技だと以前彼は言っていた気がする。当然育成期間がアプデ前と雲泥の差の為、スキルも育っていないだろう。そのため火力は目に見えて低いが、現時点眼前の雑魚を一掃するのには十分な物だった。


アプデ前の知識があり、スキル発現の為に必要なフラグをある程度把握していたとしても、少なくとも3つのスキルを実用可能レベルに育てている以上、相当育成に時間を使っていると予想できる。結局本人に直接聞けていないが、ランキングを維持できているのもこれが理由なのかもしれない。



後方から飛び出した光の尾が俺達を避け、周りの鬼共に突き刺さっていく中、奥の方に1箇所だけ光の矢が何かに薙ぎ払われたように見えた箇所があった。きっとあそこだろうと進む方向を少し修正する。



「ん、いた。」


先行するウカが標的を視認したようだ。

少しして俺にも理解できる距離までそれに近づく。


ゴードン団長と向き合う異質な存在が2つ。

どうやらこいつらが今回の騒動の中心だろう、なんとか間に合ったようだ。



「トーマ。楽しんできて、?」


俺の性格を知ってか知らずか、待ち受ける戦闘を楽しみにしている事がバレているようで、こちらを振り返りぶいっとピースしたかと思えば影に掻き消えた。大方2体いる敵の内、魔法師風の方を足止めしに行ったのだろう。


何から何までサポートに徹してくれるウカのお膳立てに、本当に頭が上がらないなと感謝しつつデカい方の異質へと斬り込む。



『…!? アラテ カ!』


鋼鉄かと間違うくらいの硬さがある手の甲で初撃を弾かれる。


『ツギカラ ツギヘト…! コノチリアクタドモメ!』


以前遭遇したくろいゴブリンとは違いある程度の意思疎通もできそうなくらい流暢に喋っていた。



「む。お前は…! 何しに来た!ここは既に撤退戦をしているのだぞ!」


戦いに割って入った俺の顔に気づいたのか、少し間を開けて反応したゴードン団長。



「団長、ここは俺に任せて状況を立て直してください。指揮を取れるのは貴方しかいないんです。」


団長と共闘してゴブリンキングを落とすより、一度引いてもらって軍を再編してもらった方がどう転んでも悪い事にはならないだろう。

ここはなんとしても引いてもらわなくては。



「ならん! 俺が責任者だ! 外部の…しかも貴族の責任のない者に任せられるわけないだろう!」


うーん分かってはいたが思っていた以上に頭が固いぞ…、 どうやって引かせようこれ…。


ゴブリンキングを相手取る事に問題も不安もなかったが、まさかここで躓くとは思っていなかったため、特に理由を考えずに到着してしまった。



そんな予想外の壁にお手上げ状態になっていると、これまた予想していなかった方面から救いの手が伸ばされた。



「失礼します! ゴードン団長! 部隊再編のために一度引けとの指示です!」


「今度はなんだ! 貴様は…っ! …どこからの指示だ。」


「それが…。」


追加の自身の思い通りに動かない駒の登場に更に機嫌を損ねたかと思えば、すぐに冷静になって報告の出元を確認する。会話に介入してきた傭兵がゴードン団長のもとに寄り小声で報告した。



「わかった。 …この場は預けるぞ。その命間違えても落として終わってくれるなよ。」



一体どういう内容だったのか、報告に納得したのちこちらに向き直りそう伝えたかと思えば、周囲で共に撤退するべく敵の背後からの襲撃を抑えていた数人の騎士を連れ後方へと引いていくのであった。



「えーっと…?」


「使えるツテを待ってて助かったぜ…。 あんたには借りがあるからな!この場も信じてるぜ侍ニキ!」


そう言うと俺が礼を伝える間も無くゴードン団長達が撤退するにあたって空いた隙を埋めに走って行ってしまった。どうやら彼の機転で納得させることに成功したらしい。おおよそ貴族のパイプを手に入れたプレイヤーだろう。というか侍ニキってなんだよ。



とにかくこれで問題は解決した。後はこの律儀に待っていたゴブリンキングを潰すだけだ。



『グハハ オワッタ カ?』


「律儀に待つんだな。自信の表れか?」


『チリアクタ ガ マトマリナオシタトコロデ ナニガカワル? アリガ マトマッタトコロデ フミツブサレルノガ サダメダロウ。』


アリね。

まさかゴブリンにアリ扱いされる日がくるとは思わなかった。このゴブリンキング思った以上に語彙力があって舌戦が上手い。



「そのアリにしてやられる事になったらどんな気分になるんだろうな?オウサマ。」


『ソノヘラズグチ ドコマデモツカ… ミモノダナァ!」


唐突には始まった。



言い終えるかどうかのタイミングでタックルを仕掛けてくるゴブリンキング。その見た目からは想像できなかった思ったよりも早い速度で、その体躯を生かした突進は大型トラックが突っ込んできたんじゃないかと錯覚するほどの重量感を持っていた。


落ち着いて観察する。

相手がデカかろうとそこには小技も工夫もない、ただのタックルだ。


脚に力を込め迫り来るタックルの右後ろへと跳び避ける。様子を見るに避けるだけであれば難しい事はないと思う。ただ全身での攻撃となるとカウンターを当たる訳には行かない。強い武器であれば話は別だったが、今の装備では折られてしまうのがオチだろう。



ウカの方を確認すると、ヒットアンドアウェイでこちらに意識を向けないよう影移動との合わせ技で魔術師風を翻弄していた。周りにいた傭兵プレイヤー組も加勢している事だしあの様子であればこちらに介入してくる事は難しいだろう。


俺が別の箇所に意識を向けたことを隙と判断したのか、ゴブリンキングはその人の顔のサイズをゆうに超える拳で殴りかかってくる。


…遅いッ。

敵の大振りのパンチを掻い潜り、カウンターで斬り返した。



予想外の痛みだったのか、『ガァァァァ!』と声をあげつつ後退するゴブリンキング。確かに当たれば今の防御力では下手をすれば致命傷では済まない、それこそ一撃必殺のダメージを貰うことになるだろう。、の話ではあるが。


その後も同様にタックル以外の攻撃にカウンターを仕掛ける。基本的に大振りで行動が予想しやすいゴブリンキングはサンドバッグとなっていた。



しかし今の所、聞いていたような様々なモンスターの特徴を見受けることはできない。俺も戦った事のあったゴブリンキングの延長線上にあるようにしか思えず、とても変異種とは考えられなかった。偽の情報、もしくは報告者の見間違いだったのだろうか?


それとも出し惜しみか、上手く分断できているからか? と予想を立てていると、



『ガァァァァァァァ!キサマラ! ナニ ヲ ヤッテイル!!!』


耳をつんざくような鋭い咆哮をしたと思えば、周囲のゴブリンの動きが変化する。殺される恐怖心をが塗りつぶしたかのような、そんな決死の覚悟で魔術師の周囲に集まりだした。今まで魔術師の動きを止めていたウカにとって、その変化は魔術師に行動をするのに十分な時間を与えてしまう事になる。




ゴブリンキングと俺との間の地面に、怪しく光る魔法陣が出現した。

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